Story of Children未来を切り拓いたストーリー

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スラム出身の私でも、道は開ける

オラタイ・プーブンラープ・グナシーランさん

タイ / タイ大使館 一等書記官

スラム出身の私でも、道は開ける

シャンティは、1981年にタイ国内のカンボジア難民キャンプでの
支援活動を開始して以来、35年以上、アジアの子どもたちへの教育支援や
緊急救援活動を行ってきました。
そんなシャンティがタイのスラムで運営している図書館に通い、
“夢”をつかんだ一人の女性がいます。

スラムでの暮らしは簡単なものではありません

私にとって図書館は、唯一の“心のオアシス”でした。たくさんの本や旅行記を目にするうちに、自分もいつかこのスラムを抜け出して世界を見てみたいと夢を抱き、実際にその夢をかなえることができました。現在はタイ外務省の書記官として働いています。ロシア語の専門家として首相からの指名で通訳を務めることもあります。今はやりたい仕事に就けている私ですが、幼い頃は満足に教育を受けられない環境で暮らしていました。

私が育ったバンコクの中心部に位置する最貧困地区のスアンプルー・スラムは、狭い路地に板張りの家屋が並び、水道や電気、学校、医療などの設備や制度は一切ありませんでした。今、振り返ってみても、スラムでの暮らしは容易なものではありませんでした。

私の両親は東北タイの出身です。お父さんは小学校4年生までしか修了していません。お母さんも本や文字とは無縁の生活を送っていました。生活のため、家賃のため、そして私たち3人の娘を学校に通わせるため、お父さんは港で日雇い労働を、お母さんは夜遅くまで惣菜を売って必死に働きました。それでも経済的には苦しい毎日でした。薬物、ばくち、売春、病気などがまん延するスラムで、やがてお父さんは酒におぼれ、日常的に暴力を振るい、お母さんと激しいけんかを繰り返すようになりました。

図書館は「貧困」という日常から抜け出せる聖域

私が図書館で絵本と出合ったのは4歳の頃でした。図書館は偶然にも、スラムの私の家の隣に建てられました。昼間は学校、夜はお店や家事の手伝いがあり、睡眠時間も5時間取れるか、取れないかの大変、忙しい毎日でした。その合間に訪れる図書館が私の心のよりどころになりました。両親が激しいケンカを始めると、図書館に逃げ込んだりしました。

家が狭いので、勉強するのはいつも図書館の2階でした。つらい生活から一瞬でも離れられる図書館は、過酷な子ども時代の中で、“貧困”という日常から抜け出せるオアシスであり、幅広く知識を広められる場所でした。

(左:オラタイさんが大学1年生の頃の写真 右:オラタイさんとご両親)

(左:オラタイさんが大学1年生の頃の写真 右:オラタイさんとご両親)

毎日、図書館に行くのが楽しみで、当時約1万冊あった絵本、小説、参考書などはすべて、端から読みきってしまいました。特に夢中になったのは旅行記でした。自分もいつかこのスラムを抜け出して、まだ見ぬ世界を見てみたいと強く、夢みるようになりました。

その後、中学、高校時代にシャンティの奨学金を受け、高校2年生でアメリカへ留学しました。高校3年生の時には、フランス語のスピーチコンテストで優勝することもできたんです。

高校卒業後は、タイの名門といわれる国立チュラロンコン大学文学部に主席に近い成績で合格を果たしました。そして、大学1年生の時に、倍率約100倍のタイ政府の外交官養成試験に合格したのです。これで学費を払わなくても済む!と私は大喜びしました。両親の負担を減らせるし、好きな語学も生かせる、と本当にうれしかったです。

スラム出身の私でも道が開けると思ったから

タイにはロシアの専門家が少なく「スラム出身の私でも道が開けるかも」と思いつきました。奨学金を受けて大学を卒業し、その後、国費留学生としてモスクワの外交官養成大学への留学も果たしました。卒業後、外交官としてのキャリアをロシアでスタートさせたのです。

これまでタイ外務省のロシア専門家として、タイの王妃やタクシン元首相、プラユット首相といった国賓クラスの通訳をしてきました。また、タイのチュラポン王女とロシアのプーチン大統領の通訳を任されました。

(タイ首相とロシアのプーチン大統領との会談の通訳を担当)

(タイ首相とロシアのプーチン大統領との会談の通訳を担当)

現在、私は在モスクワのタイ大使館に勤務する一等書記官です。得意の英語、フランス語、ロシア語を生かして、将来、アメリカやオーストラリア、または日本で外交官の仕事をしていけたらいいなと思っています。専門であるロシアと各国を比較してみたいとも思っています。

“小さな図書館”が育んだ“大きな夢”

うれしいことに、スアンプルー・スラムでは大学を目指す子どもたちが増えています。図書館で本を読む子どもたちの姿は、家族や住民たちの希望の星となっています。私も、スラムに住む子どもたちの力になりたいという思いを常に持ち続けています。

小さな図書館との出合いがなければいまの私はありませんでした。図書館は、誰でも学びたければ、学ぶ機会を与えてくれます。

両親のけんかから逃げるようにして駆け込んだ図書館は、いつしか私にとって、逆境に負けない不屈の精神を育む、かけがえのない場所になっていました。

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オラタイ・プーブンラープ・グナシーランさん

タイ / タイ大使館 一等書記官

シャンティは、1981年にタイ国内のカンボジア難民キャンプでの支援活動を開始して以来、35年以上、アジアの子どもたちへの教育支援や緊急救援活動を行ってきました。そんなシャンティがタイのスラムで運営している図書館に通い、“夢”をつかんだ一人の女性がいます。

本の力が私に夢を与えてくれました

スニター・ピンマソンさん

ラオス / 国営テレビ局アナウンサー・ニュースキャスター・ジャーナリスト

シャンティは、1996年から子どもたちのための総合施設「子どもの家」の運営を支援してきました。「子どもの家」に通う子どもたちの中でも、スニターさんは歌や踊りが上手で、絵本の読み聞かせもでき、みんなのリーダー格でした。

もし本と出会わなかったら

ノー・ジャー・ポーさん

ミャンマー(ビルマ)難民キャンプ / 図書館ユースボランティア

タイとミャンマーの国境にある難民キャンプで生まれ育った子どもたちにとって、図書館の本が「外の世界」へと、つなぐ「窓」になっています。難民キャンプ内の図書館でボランティアとして子どもたちへ本の読み聞かせをしているノー・ジャー・ポーさんをご紹介します。

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