「ミャンマー難民の帰還はいつ頃になりそうですか」とよく質問を受ける。しかしこればかりは答えようがない。図書館に来ている子供たち、難民キャンプの様子などについては簡単に答えることが出来るのに。20年以上も難民生活を強いられているミャンマー難民の帰還については、残念ながら今も目処は立っていない。あと10年或いはそれ以上先になるのではないかと言う人もいる。20年以上という長い歳月の中で難民キャンプには三世代までに至る人たちが存在している。ある日、12歳になる少女に「祖国に帰りたいと思うか」聞いてみた。すると「祖国のことはよく知らないから、帰りたいとは特に思わない。でも両親からミャンマーは怖い国だと聞いているから、今は帰りたくないかな。」という答えが返ってきた。祖国を知らない子どもたちにとっては、こう思って当たり前かもしれない。一方で、図書館で行っている高齢者活動に参加していたお爺さん一人にも同じ質問をしたことがあった。彼の答えはこうだった。「私が生きている間に祖国に帰ることはおそらく無理でしょう。でも微かな希望は持っています。生きている間に祖国の土をもう一度踏みたいですから。もし私がここで死んだならば、いつの日か、祖国が平和になった時にでも私の骨を運んで行ってもらえませんか?お願いしますね。」と最後は頼みごとをされてしまった。お爺さんは笑って言っていたが、私は笑えなかった。
難民の長期化にも伴い、近年ではタイ政府またUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)により、難民が希望すればだが、第三国へ定住させるという動きがある。受け入れ国はアメリカやオーストラリアなどだ。各国大使館での面接、語学チェック、また健康診断など様々な審査を受けなければならないがよほどの問題がなければ基本的には合格している。難民支援を行っているNGOとUNHCRとの会議の際、教員や医師などNGOの職員として働いてくれている難民の人たちが第三国に移住するケースも出てきているが、これはNGOの活動、強いてはコミュニティーの発展にとって大きな痛手である。もしそのようなケースがあれば、私たちNGOにも知らせてほしい、とNGO側の参加者から意見が上がった。この時、UNHCRの代表は「確かに支援活動を行っていく上で人材は必要であり、彼らがいなくなってしまっては活動の継続が困難になるでしょう。でも彼らに行くなということは言えないでしょう。それに彼らが自由を手にし、今よりも幸せな生活を送ることが出来るのであれば、むしろその機会をあげるべきではないですか?」と私たちに訴えた。確かに彼の言う通りかもしれない、でも今よりも幸せな生活を送ることが出来ると、誰が保障できるのか、私には疑問でならなかった。でもこれからもずっと難民キャンプにいるよりは幸せかもしれない、とも思った。
祖国を知らずに育った三世代目の子どもたちにとって、第三国へ移り住むことはそれほど大きな問題ではないだろう。それどころか、英語に関心が高い青少年たちにとっては英語圏で生活できることは嬉しいことかもしれない。微かな希望を持ち続け、祖国に戻ることを願っている一世代目のお爺さん、お婆さんたちにとっては、何があっても難民キャンプを離れることはないだろうと思う。彼らにとって、難民キャンプを去る時は祖国に帰る時だからである。図書館で出会ったお爺さんの話しを聞いてそう思った。
ミャンマー難民キャンプがいつまで続くのか、私には分からない。将来が見えない中で支援活動を続けていくことに心が弱ってしまうことが時々ある。でも「今を生きている」難民の人たちが、一日一日の生活の中で人間として喜びや幸せを感じられることはとても大切なことだと思っている。だから支援活動を続けていく意味があると信じている。そして一人でも多くの日本の皆さんにミャンマー難民のことを知ってもらい、今を力一杯生きている彼らに大きな拍手を送ってもらいたい。また子どもたちが、お爺さんたちが、第三国ではなく、祖国の地を踏める日が、近い将来訪れることを願っていて下さい。
ミャンマー難民事業事務所 中原 亜紀