チャナイ・トンウィチットさん (東北南部・スリン県) マハーサラカム大学4年生 22歳
中学1年から高校2年までの5年間、サハーマイトリー寮で過ごしました。大学は県外にあるため下宿生活をしていますが、帰省すると家族を手伝っての農作業はもちろん、地域の活動を熱心に手伝う勤勉な青年です。
人として生きる機会を設けてくれたのが奨学金です。奨学金制度を通していろいろな機会を与えられて、ここまで育ってきたと感じています。大学では遊ぶことに熱心な学生もいます。ぼくは他の人にはまどわされず、努力を怠らないようにしてきましたが、毎年また今年も奨学金がもらえるどうか心配でした。今年で最後になりましたが、ご支援がいただけて誇らしく思いますし、とても力づけられました。
ぼくたち奨学生は貧しい家庭に生まれています。しかし、両親や周りの人が苦労して育ててくれました。そのことを忘れず常に感謝して過ごしてください。自分だけで生きていると思わず、常に感謝の気持ちを持っていてください。そして自分のするべきことをしっかり行ってください。
1位:教師
2位:看護士
3位:公務員
4位:警察官
5位:医師
番外:1人しか答えなかった職業
CA(キャビンアテンダント)、棋士(日本の碁)、港湾局専属通訳、獣医、心理学者、歯科医
タイは近年、教育制度の充実を推進してきました。9年間の義務教育(小学校1年生から中学3年生まで)と、12年の無料教育(小学校1年生から高校3年生まで)によって子ども達の就学の機会は広がっています。
しかし実際には政府から支給される予算だけでは運営が苦しい学校が多く、その不足分は就学児童が負担することになります。保護者は新学期ごとにまとまった費用を学校に納入しなければならず、その内容は、課外授業費、施設や運動場の整備費、維持費、放課後、学期休み中の補修授業費、教師の特別手当など多岐に渡り、奨学生の家庭への聞き取り調査によると、年間7,000?10,000バーツにも上ります。
これまでタイ・ミャンマー(ビルマ)国境地域で移動図書館、教員セミナー等の活動を実施してきました。西部にはカレン族が多く居住していますが、電気や学校という公共サービスが届いておらず、タイの最底辺の人々よりさらに厳しい生活を送っています。これらの問題に加え、国籍未取得、言語や文化の違いによる差別や偏見などの問題も多く、子ども達が教育を受ける機会が奪われており、それがタイ国内でもほとんど認識されず放置されていました。
そこで今年度は、教員の協力が得られた4箇所の中学高校で奨学金支給を行い、現地調査による詳細把握とともに支援を継続しきます。
写真:瀬戸正夫
バンコクから北へ車で約10時間(時速120キロ以上で移動)、100%の生徒がモン族の山の中にある学校です。貧困や降雨のための地滑りで畑が流されるなどの被害にも合う土地柄です。3年前まで小学校でしたが、校長先生や地域の人々の努力により、中学校が併設されました。今では、スポーツなどで県や国の代表となり表彰されることも多い学校になりました。現在300人の生徒のうち26人(女子24人、男子2人)がSVAのアジアこども奨学金を受け通学しています。
昨年、九州電力労働組合様のご招待により来日した、奨学生達にも再会することができました。
チュアパーンスラムにチンタナー(愛称:トゥック)という女性がいました。1982年4月6日生まれ、享年24歳。
チンタナーさんは先天性心疾患による気管支拡張症で、1996年5月2日にバンコクのチュラロンコン大付属病院で心肺同時移植手術を受けました。タイ国内でも心肺同時は珍しく余命3年と診断されました。
手術後、田舎で療養生活を送り、病院でも体力が許す限り院内学級や自習で勉強を続けていました。バンコクに戻ってきてからは夜間の中学校に通い2年間で卒業し、17歳で職業専門高等学校に入学したときは手術から3年が経過していました。高校在学中から徐々に体調を崩しがちになり、入院を繰り返すようになりました。疲れやすく、呼吸がうまくできなくなり、遠くに出かけることもできなくなりましたが、家事や家計を助けるための簡単な仕事をしながら勉強を続けました。高校卒業後、通信制のスコータイタマティラート大学のマスコミュニケーション学科に入学しました。飲み続けなければならない大量の免疫抑制の副作用による吐き気や頭痛に苦しめられ、体力が落ち体調が優れなくとも、決して諦めることなく勉学に励み続け、夢であった大学の課程を修了しました。2006年12月末、細菌性の口内炎ができたため食事を摂ることができなくなり体力の低下がさらに進みました。2007年1月13日にチュラロンコン大付属病院に入院、治療の甲斐なく1月23日未明、天に召されました。
SVAの奨学金事業は単に「教育費」の支援をするだけでなく、次世代を担う青少年の育成にも力を入れており、年間を通して、彼らが暮らすそれぞれの地域で、さまざまな奉仕活動、啓発活動などを実施しています。
タイの奨学金のご支援をいただいている新九州電力労働組合様の第9回国際研修が10月に開催され、6名が参加、19日間タイに滞在しました。タイ北部、東北部やバンコクのスラムを訪問し、タイの生活や文化、子どもたちの様子、教育状況などについて学び、現地の人々と交流しました。ここでは最初の訪問地、パヤオ県サンティスック村での様子をお伝えします。
"奨学生の素顔に触れる旅"は、奨学金をご支援くださっている里親の方を対象としたツアーで、タイの風土や習慣、奨学生の生活環境や教育現状を肌で感じ、奨学金事業の理解を深めてもらうことを目的としています。第2回目の今年は、10月13-17日、日本から4名の参加者がスリン県とバンコクのスラムを訪れました。
アジア子ども奨学金事業では、都市スラムと、東北部、山岳少数民族が多い北部の農村地区、そして近年津波で被災した南部パンガー県にて、奨学金の支給を行っています。バンコクは経済発展を遂げていますが、貧富の格差は依然として改善されていません。そのため、中学や高校へ進学できない子どもがたくさんいます。都市スラム、農村地区では、生活様式や収入の手段など大きな違いがありますが、それぞれ経済的、家庭的事情で困難な状況におかれた中高生約530名に奨学金を支給しています。
7月、タイの農村は田植えシーズンを迎えます。学生寮のあるルーイ県チェンカーン郡でも、「吉澤ファーム」で田植えが行われました。寮生や一般奨学生、寮生の家族や村の協力者、合せて70名が集まり、朝8時から一斉に田植え作業を開始しました。昼食は、たっぷりのもち米とお母さんたちが持ち寄ったソムタムや新鮮な野菜、ナンプリック(辛いソース)でおなかを満たし、一休憩。そして暑い午後も作業を続け、夕方5時にはすべて終了!これぞチェンカーン学生寮の団結力です。
クロントイ港そばの燃料倉庫群裏手にあるチュアパーンスラム。そこに暮らすチンタナー・コンマンさん、23歳。請負トラック運転手の養父、工場で働く母親、請負仕事の妹とその息子の5人で、収入の少ない不安定な暮らしをしている。
チンタナーさんは1996年5月2日当時13歳のときに先天性心疾患による気管支拡張症のため、世界的にも極めて珍しい心臓と肺の同時移植手術を受けた。
「お母さんがぼくに会いに来ます」とサンサンくんは、うれしそうに報告してくれました。初めて会ったのは8年前の1歳半のときでもう顔を思い出せないけれど、ずっとサンサンのことを想い続けていてくれる「お母さん」のことは色んな人から聞いていました。3月16日、スアンプルースラムに到着した車から降り立ったアグネス「お母さん」へ花を渡したサンサンに、アグネスさんは「大きくなったね」と顔をほころばせました。