ゴーローンと出会ったのは2年前。大津波のニュースが世界を驚愕させてから間もない頃で被災した人びとはまだテント生活を強いられていた。場所はタイ南部・パンガー県タクアパー郡、国内でもっとも大きな被害を受けた地域だ。数百のテントが並びあちこちで干された洗濯物が揺れる避難所にシャンティ国際ボランティア会(SVA)は仮設図書館を開いていた。ゴーローンはそこにふらっと遊びに来たのだ。仮設図書館スタッフの旦那さんだったからだ。年季の入ったTシャツに短パン姿で、無精ひげを生やし、くせのある髪を時々かきあげていた。彼の早口の南部弁はまだ耳が慣れていない私には半分以上聞き取れなかった。『ちょっと怖いひと』それが最初の頃の印象だ。
ゴーはタイ南部の方言でお兄さんを意味する。ゴーローンはローン兄ちゃんということだ(ローン兄貴の方が近いかもしれないが)。このちょっと怖いゴーが地元のひとたちから慕われている理由が徐々に見えてくるにつれ、私もゴーと呼びかけることが出来るようになっていった。
ある日、図書館に行くと見慣れないものがあった。肘掛のあるりっぱな椅子で脚が弓形になっている。ロッキング・チェア(揺り椅子)だ。仮設図書館は大きなテントを2つ並べた簡単な造りである。10m四方ほどのスペースの中に黒いビニールシートを敷きつめ床代わりに高さ30cmほどの木組みの台を設置している。そんな中にぽつんとずっしりとそれは置かれてある。実は腕利きの家具職人であるゴーローンからのプレゼントだった。彼は大量に捨てられている木材を見てこのプレゼントを思いついたそうだ。津波の発生当時、遺体の数にお棺の数が追いつかず多くが野ざらしのまま放置される事態が生じた。そこで慌てて各支援団体が作成したのだが今度は大量の余りがでてしまった。それをゴーローンは有効利用したのだ。元お棺のロッキング・チェアはもちろんすぐに子どもたちのお気に入りになった。その後、靴箱や整理棚も次々と仲間入りした。今思うと、この頃からゴーローンは子どもたちや図書館にやさしかったのだと気づく。
津波発生から8ヶ月たったころ、被災した人びとも仮設の住宅から恒久的な住まいへと移りはじめた。私たちはいよいよ恒久的な図書館の建設にとりかかった。これから何十年と使い続けられるような図書館を作りたい。知識を得る場所というだけでなく、子どもと地域の人びとすべてにとって安らげる居場所となるような図書館にしたい。津波という想像だにしなかった災害に見舞われたこの地域が復興していくきっかけとなるような図書館でありたい。これが願いだった。
建物の設計はある程度決まったものがあるが、家具をどうするかが問題になった。方々見てまわったが市販の書架や机などでは、子どもにとって高すぎたり与える印象が硬くなったりしてしまう。だから手間と時間はかかっても職人さんに私たちの目指す図書館にふさわしい家具をすべて一から作ってもらうことを選んだ。言うまでもなくゴーローンは第一候補だったのだが、彼の作業場から距離が離れている図書館だったため、地元の職人さんにお願いしようとなんとか2人探しだし注文した。が、ほっとしたのも束の間でなんと彼らは途中から代金を吊り上げようとしたり勝手に図面を変えて作ったりするのだ。これには弱りはててしまったが、キャンセルもできず3日に1度は様子を見に行かなければならない。スタッフにはあなたが作った方が早いんじゃない?などと呆れられる始末だった。
ここで、やはりゴーローンに頼むしかないという結論に至った。彼は快く引き受けてくれた。最初ちょくちょく様子を見に行っていると、『変なの作ると思ってるんだろ?』とからかわれたりした。そのうち彼の人となりもわかり少しずつ安心して相談を持ちかけるようになった。椅子の高さ1cmまで彼は一緒に考えてくれた。図面をにらみながら、危険性はないか、座りやすいか、使いたくなるだろうか、と。木材の種類・特徴も彼から学んだ。あるときは作り始めてからおかしな部分に気づき連絡が入る。『こうした方が子どもは使いやすいんじゃないか』などというのだ。ここからSVAは被災地に合計3つの図書館を作るが、多少の差はあれ全館に彼の家具が使われている。ただ、最後に建築したプルッティアウ図書館の家具はゴーローンにすべてをお願いした。この図書館があるのは、最初のころ彼がロッキング・チェアをプレゼントしてくれた仮設図書館があった場所であり、彼の地元であるからだ。
プルッティアウ図書館開館の日、郡の役人や村長などの参加もあり厳粛な雰囲気の中セレモニーが行われた。ゴーローンも正装で訪れてくれた。テープカットを終え館内を見回る来賓者に賛辞をいただき彼も私もかなり照れてしまったが、後からなだれ込んできた子ども達がわれ先にと本を手にし、競って椅子に座る姿を見た時、何よりぐっとくる思いがしたのも同じだったろう。
ゴーローン自身にはまだ子どもがいないが、地域の子どものことを心から大切に考えている。こういう人がいることが地域を元気にすることは間違いない。SVAが地域に図書館の運営を移譲していくのをゴーローンは心配しているのだが、彼のような人とどれだけ繋がるかにかかっているだろう。地域に根付く図書館へと育てる努力を続けなければならない。
今、あの頃見上げていたタクアパーの空を思うとき、そこには一緒に活動していたスタッフや子ども達の顔が浮かぶとともに、ゴーローンのこわもての奥にあるやさしさと熱い想いがいつも焼きついている。彼とは地域に親しまれる図書館を共に作ろうとした同志だったのだ、そう思う。
松尾久美
プルティアオ図書館