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緊急開催!テロと難民、情勢不安に陥ったアフガニスタンの今

2018.3.19   アフガニスタンイベント報告

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アフガニスタン国内で激化するテロ攻撃やイラン、パキスタンから続く難民の帰還、複雑化する国内の状況と情勢不安に伴い、シャンティは3月12日に報告会イベントを開催しました。現アフガニスタン事務所長であり、2002年から2007年までアフガニスタンに常駐していた山本 英里が登壇し、アフガニスタンの現状や、帰還民の越冬支援、子どもの保護支援といったシャンティの海外緊急救援事業の取り組みを報告しました。

【緊急開催】テロと難民 情勢不安に陥ったアフガニスタンの今

複雑化する戦争の歴史と復興への道のり

40年にわたり紛争が続くアフガニスタン。その始まりは、50から70年代のザヒール・シャー国王時代にまで遡ります。急激な近代化・西洋化をすすめる政府に反発する形で、弾圧されてきたイスラム派が激化、当時の政権を握っていた人民党が旧ソ連に要請し、旧ソ連の侵攻に繫がります。これに対抗するのは、ムジャヒディンとよばれる兵士(「聖戦」に参加する戦士の意)、10年に渡る戦争を引き起こしました。長きに渡る戦闘により、ソ連軍の侵攻を防ぐことができたものの、その後権力抗争によって内戦に発展します。

新興勢力であるタリバンが1994年にパキスタンとの国境で出現、1996年から始まったタリバン政権は、女性の教育や職業への制限を設け、ブルカの着用を義務付けるだけでなく、違反者には厳しい罰を与え、恐怖により国を統治しました。一方で国際社会では、アフガニスタンに関する報道は減少、この国に関する関心も次第に薄れていき、9.11アメリカ同時多発テロが起こるまで忘れ去られた国と称されていました。

タリバン政権崩壊後、2001年のカルザイ新政権が誕生し、国内では平和にむけた希望が高まっていました。しかしながら、その後も続く国際治安支援部隊(ISAF)の介入や、米軍による「すべての爆弾の母」と呼ばれる大規模爆風爆弾(MOAB)の投下、2012年以降の反政府武装勢力の活発化により、復興国として歩みを進めてきたアフガニスタンは、紛争国の位置づけに逆戻りし、平和への道のりはまだまだ険しいというのが現状です。

首都から2時間ほど離れた東部のナンガハル州ジャララバード市内でも、建造物が増え、市場では女性の姿も見られるなど、舗装道路が1本しかなかった2002年と比べると発展が見られます。しかしながら、国内では年間10,000人を超える市民がテロ攻撃や戦闘に巻き込まれており、この3割が状況判断ができない幼い子どもだと言われています。

流動的な国内避難民と定住先のない帰還民

2016年7月パキスタン政府によりアフガニスタン難民の帰還政策が強化されました。これによって、パキスタンに滞在するアフガニスタン難民が帰還を余儀なくされています。彼等の多くは70年代の内戦の際に発生した難民で、すでに2世代、3世代にわたる世帯も多く、パキスタンの言語や文化しか知らない人たちばかりです。

アフガニスタン政府は、帰還民に対して国内に定住地域を定めなかったため、彼等は遠縁を頼るか、空き地にテント住まいを強いられています。もともと恒常的に仕事のないアフガニスタンにさらに脆弱な帰還民が流入している状況を鑑みて、シャンティは緊急救援事業を実施しました。

アフガニスタン東部のナンガハル州は、パキスタンとも国境を接する州です。定住地がなく流動的な帰還民でも、その多くがナンガハル州に滞在しており、州にいる人口の35%は帰還民であると言われています。また州内には武装勢力によって制圧されている地域も多くあり、住む場所を奪われた国内避難民も発生しています。

特に、子どもを取り巻く環境は辛辣で、親が殉職した、家計の収入が十分でない、学校に行くための身分証明書がない、といった様々な理由で、家族のために市内を歩きまわり廃材を拾い、売る子どもの姿も未だ多く見られています。1日の収入は多くても2ドルから3ドル。子どもたちは学校に行けないので読み書きはできず、日中に街中を歩きまわっていると、誘拐に関与していたりや爆撃を仕掛けているのではと陰口を言われることもあると言います。

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シャンティによる帰還民支援活動

これまで、シャンティは帰還民に対して越冬支援(2016年12月から2017年2月)や食糧支援(2017年4月から8月)を行ってきました。このような支援を実施していくなかで、支援が行き届いていないニーズの高い地域や、学校機能が子どもの誘拐防止や保護者が働きに出ることができるといった学校へのニーズが明らかになってきました。

たくさんの声拾い、限られたリソースで何ができるかを考えた結果、「子どもの保護と教育」に焦点を置きました。

特に、3つのテーマに重点を置きました。一つめは「子どもが子どもに戻れる場所」を設置すること。子どもたちが自分を解放できる場所は限られています。特に帰還民や国内避難民などの学校に行けない子どもたちは、どうすればいいのかを検討しました。

二つ目は「平和のこころを育む」こと。紛争下といった状況で、理不尽な状況を目の当たりにした子どもたち多くいます。さまざまな経験をした子どもたちにも、平和を望む穏やかな心を育むことが大事だと感じていました。最後に「教育の機会」です。複雑化する環境下で、後回しにされがちな教育ですが、一時的であっても学ぶチャンスがあることは、今後の教育への動機づけにも繋がります。

これらをテーマに帰還民が集中する東部地域ナンガハル州にて、子どもに優しい空間(Child Friendly Space)の設置と、帰還民を受け入れている学校を対象に仮設校舎の設置を行いました。

子どもに優しい空間(Child Friendly Space)では、読み聞かせや自由読書といった読書推進活動を通して、子どもたちのストレスの緩和を促したり、タラナ(朗詠)や寸劇、レクリエーションゲームをホストコミュニティ、国内避難民(IDP)、帰還民とったさまざまな背景を持った子どもたちと一緒に実施することで、お互いの理解を促進しています。教育の場というよりも、子どもたちが純粋に楽しめる場所を設置しています。

ここで行っている月次イベントでは、子どもたちだけでなくその保護者も参加しており、啓発の要素も持ち合わせている。彼等の直面する人身売買、麻薬などのリスク軽減にもつなげています

そして、帰還民の子どもたちが最終的に学校に戻れることを目標に、学習支援を行っています。学ぶ機会がなければないほど、学校に戻るのは難しくなります。ですので、一時的な教育でも、子どもたちに学ぶ機会を提供することで学校に戻れるチャンスを提供しています。

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これからのアフガニスタン

今のアフガニスタンは紛争が新たな紛争を起こしており、状況が複雑化しています。平和な社会にむけての取るべき手段の合意形成ができず、解決の糸口を見つけるのがより困難になっています。しかし、これだけ収まりを見せない紛争でも、最終的には人手で解決するしかないのです。

シャンティのアフガニスタン事務所の職員の多くは、難民として他国で生活した経験をもち、難民時代に受けた支援により希望をもって生きることができたと語ります。また、今後もその恩を返していきたいとその思いを伝えてくれます。

現在のアフガニスタンの複雑化する環境下で生きることとは、常に死と隣り合わせです。理不尽な状況に陥ることも多く、希望を持ち続けることの難しさに直面するでしょう。そのような生活の中でも、希望を見出せる場所を、そして子どもたちが子どもらしく思いっきり笑えるような場所を整えることが重要になってきます。

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日本にいるとなかなか馴染みのないアフガニスタンですが、報道がされないだけで、創造を絶するようなことが日々起こっています。イベントを通して、これらに関心を寄せて、発信していく大切さを訴える山本所長の姿が印象的でした。

【イベント報告】
シャンティ国際ボランティア会
事業サポート課 浅木 麻梨耶

 

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