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「シャンティの日」の決意

2019.12.10   アフガニスタン事務局長

事務局長の山本英里です。

事務局長に就任して、初めての「シャンティの日」を迎えました。
※1981年12月10日に設立したことから、シャンティでは12月10日を「シャンティの日」と呼んでいます。
※12月10日は「世界人権デー」でもあります。

国際協力の分野に入り、初めて仕事を任されたフィールドがアフガニスタンでした。今、そのアフガニスタン全土で、人々が深い悲しみと怒りに包まれています。

ペシャワール会の中村哲医師は、私たちが活動をするきっかけとなった9.11アメリカ同時多発テロ事件があった2001年のずっと以前より、アフガニスタンとパキスタンの国境地域を中心に活動を続けてこられました。広大な国土と多民族国家のアフガンスタン、長年の紛争で外部との交流も閉ざされた中で、東部地域に中村医師ほど精髄していた人はいないのではないでしょうか。

中村哲医師のご冥福をお祈り申し上げます
追悼の意をこめて

アフガニスタンの川
アフガニスタン東部地域の風景

村の様子3
アフガニスタン東部地域の風景

障害を乗り越え事務所の大黒柱となってくれた職員

先日、あるシャンティのアフガニスタン人職員から退職届が届きました。2006年から経理として事務所を支えてきた職員で、シャンティに入職した当時、まだ20代の彼は半身麻痺の障害を持ち、大変優秀ながら仕事に就くことができず外出もままならない状況でした。

私たちが事務所を立ち上げたばかりで、なかなか経理の職員が見つからず探しあぐねている中、「思い切って受けてみた」のが彼でした。当時は事務所の車両も十分ではなかったため「送迎などの配慮ができなくても働いてくれるのか」と聞いたところ「頑張りたい」と彼は鉄製の松葉杖で足を引きずりながら三輪車で出勤してきました。

真面目で正義感の強い性格の彼は、私たちの事務所の大黒柱となったのです。その彼がここ数年で体調を壊し、事務所に出勤することがままならなくなりました。アフガニスタンの治安が悪化し、事務所周辺でも同じNGOの事務所が襲撃されたり、日々の攻撃で市民が死傷したりが相次ぎ、障害を持っているが故に逃げることができない、取り残される自分の悪夢を何度も見るようになったといいます。

考えた末の結論は、家族のためにもアフガニスタンを去ることでした。アフガニスタンの復興を目指し、尽くしてきた13年。志し半ばで去ることは、人生の中でも一番つらい決断だったといいます。とてもやるせない思いに駆られました。彼には感謝しかありません。彼はこれからもシャンティファミリーの一員としてサポートし続けてくれることを約束してくれました。

紛争国が平和な社会を取り戻すのはとても険しく長い道のりです。それでも現地で人々と向き合い、共に復興への道のりを地道に歩んでいくことが人々の心を癒し、復興への希望を持ち続けることができるのだと改めて思いました。

悲しいニュースがある一方、嬉しいニュースも

ここ最近、アフガニスタンの悲しいニュースばかりが目につきますが、シャンティが図書館活動を開始してから16年が経過しました。その図書館にかつて通っていた子どもたちが成長し、社会に出て活躍しているという嬉しいニュースも入ってくるようになりました。

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「子ども図書館」に通っていたタマナ

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今はラジオのアナウンサーをしています

シャンティができることは、憎しみの連鎖を断ち切り、これからを担う子どもたちに決して希望を捨てず、夢を持ちながら自分たちの国を再建する力をつけるお手伝いをすることです。知識だけではなく、考え、共感し、創造する力を持って、新しい平和な社会を築き上げていってほしいと思います。

「シャンティの日」に、これからもシャンティ(平和)な社会の実現を目指して前に進んでいく決意でご支援いただく皆さんと共に歩み続けていけたらと思います。

子どもを連れてくるこども(文庫)

シャンティ国際ボランティア会
事務局長 山本英里

  • 絵本を届ける運動
  • アジアの図書館サポーター
  • 本の力を、生きる力に。