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事業サポート課より、入職のご挨拶

2021.3.17   スタッフの声東京事務所より

皆さん、こんにちは。2021年1月より、シャンティに入職いたしました、山口恵里佳と申します。現在は事業サポート課にて、ラオスやその他の国の事業を東京よりサポートしております。今回は入職の経緯も含めた自己紹介をさせていただきます。

AnyConv.com__事業に紐づく写真1

 

伝記に触れるきっかけ

幼い頃より、図書館に行って本を読むことが好きでしたが、拍車がかかったのは小学2年生の頃です。お転婆だった私は複雑骨折し、また、小児病棟の空きがなかったので一般病棟に入院しました。同室の祖母世代の方々には孫のように可愛がってもらいましたが、皆さんがお昼寝している間は退屈で、病室をよく抜け出していました。ある日、婦長さんが「軟禁」という言葉を教えてくれました。トイレ以外は病室を出てはいけないという意味だそうです。その後も更生しなかった私を見かねた母は、大人しくベッドの上にいられる時間をなるべく増やすため、2、3日に1度、図書館から10冊の本を借りて持ってきてくれるようになり、そして私は伝記に出会いました。

 

伝記の楽しさ

当時、左腕はギブスで固定されているので顔が洗いにくいとか、病院食のゆで卵を剥くのに時間がかかるとか、文句ばかりだった私にとって、ヘレンケラーの視覚と聴覚の重複障がい者の方が苦労なさって大学に進学されたという事実は、過去の外国の話とはいえ、とても衝撃的でした。また、家族や近所の方、先生が教えてくれないことが知れるのであれば、もっと本を読んで偉人の方から学びたいと思うようになり、野口英世、二宮金次郎、杉原千畝、キュリー夫人、アンネ・フランク…と、伝記の沼にズブズブとはまっていきました。ですので、今振り返ってみると、複雑骨折及び一般病棟での入院は、自分にとってはとてもラッキーだと感じています。

 

人は、どうしてそう考えるようになるのか

二つ目の転機は小学3年生の頃です。私は部落差別の激しかった三重県生まれ、学校では道徳の時間に同和教育を受けていました。差別はいけないということは当たり前だと素直に受け取った私ですが、その後、部落差別を受けていた方を批判する声を偶然にして聞きます。その批判していた方とはよく面識があり、とても慣れ親しんでいた方だったため、その時にすごくショックだったことを覚えています。また、「部落差別される人達が悪い」と考える人はどうしてそのような考えになったか不思議で、色々考えました。結局、その人の受けてきた教育や、その時代時代の世間で広まっている”普通”や”常識”によって、人の考えることは影響を受けるものだ、という風に結論付けました。ここで、教育自体について関心を持ち始めました。

 

繋がり繋がり、シャンティへ

その後、中学で英語に興味を持ち、英語科の高校を経て、英語の教員免許取得を見据えて大学を選んだ後、在学中のカンボジアスタディーツアーでの女の子やアメリカの交換留学先でのベネズエラ人の友人との出会いによって、国際協力でのキャリアを意識し始めました。ただ、やはり教育全般にも興味があり、教育をしっかり現場で学んでから海外へ、と大学卒業後は塾業界でマネジメント業務に関わりました。その後、一旦の区切りで青年海外協力隊に参加し、中央アジアのキルギスへ(下画像のように、羊に溢れる国です)と飛び出し、今回はシャンティでご縁がありました。

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現在は事業サポート課にて主にラオスの事業補佐を担当していますが、国際協力・教育・本と、私の一番の関心ごとが全て詰まったこの団体で働かせてもらっていることにとても幸せと充実感を感じています。特に、質の高い教育や本・絵本の普及によって、誰かの可能性を増やしたり、考えの変化を起こしたりするプロセスに、微力ではあっても関わることができていると考えると、とてもやりがいを感じています。入職してまだ間もなく、慣れないことばかりですが、努力して自分のできることをどんどん増やしていきたいと思っています。皆さまにおかれましては、これからどうぞよろしくお願いいたします。

 

事業サポート課・山口恵里佳

 

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