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【開催報告】シャンティ国際ボランティア会 設立40周年キックオフイベント 現場主義を貫いた40年~変動するアジアの今~

2021.8.30   イベント報告イベント情報東京事務所より

開催報告

シャンティは、2020年12月10日の設立記念日をもって、設立40年目を迎えました。この間、多くの関係者やご支援者の方々に支えられ、これまでアジアの8地域で教育文化支援活動、緊急人道支援活動を行ってまいりました。それぞれの事業地においては、40年間の活動の成果が着実に見られるようになってきています。

2020年12月12日(土) にシャンティ国際ボランティア会 設立40周年キックオフイベント現場主義を貫いた40年~変動するアジアの今~と題し、オンラインイベントを開催しました。

イベントの様子はYouTubeでも配信しています

イベントの様子は YouTubeでもご覧いただけます。

第一部 現場主義を貫いた40年

第一部は、若林恭英会長の40周年を迎えるにあたってのご挨拶と、三部義道副会長に、シャンティ宣言を読み上げていただき、開始しました。

若林会長と山本事務局長による設立40周年に際してのメッセージ

その後、有馬さんに進行していただきながら、まず、アジア地域ディレクターの八木澤がなぜ、アジアに関心を持ち、シャンティ国際ボランティア会の前身の当時の曹洞宗東南アジア難民会議(JSRC)に参加し、活動を開始した経緯をお話しました。そして、当時の難民キャンプの映像を上映し、なぜJSRC、そして、現在もシャンティが図書館活動を継続しているのか、ひも解いてゆきました。

第一部登壇者

八木澤「当時のJSRCが本を難民キャンプに持ち込むと、本当に子どもたちが、蚕が桑の葉を食べるように本に飢えていました。大人たちもその様子を見て、やはり本が必要なんだとわかりました。故有馬実成氏(有馬嘉男氏の父)が最初に難民問題の本質を民族の文化的アイデンティティの喪失の危機と名付けました。難民の多くの方々が肉親を殺されてしまい、身一つで難民キャンプにたどり着く。その難民キャンプから持ち出せるものは、教育によって身に着けた知識、手に付けた技術、最後に、一番大切なのがカンボジア人としての文化的誇りや民族のアイデンティティ。これがなくなってしまうと、誇りを失います。」

有馬さん「難民問題の本質とは何でしょうか?」

八木澤「民族、自分たちが何者であるかをわからなくなってしまう。海外にいると日本人とは何ぞやと問われると思うが、特に言語、文化に絞り、カンボジア人としてカンボジアの言語がなくなってしまえば、第三国に行ったとき、自分が何者かわからなくなってしまう。ましてや、祖国カンボジアは教師がほとんど殺されてしまった。これでは国の復興ができない。」

その後、シャンティは、読み聞かせと出会い、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマー、アフガニスタンと活動をひろげてゆきました。カンボジアから始まった活動がイスラム教国であるアフガニスタンも含め、各国に根付いています。

有馬さん「映像で、本は楽しみを与えるだけでなく、祖国の文化を教え、民族の誇りを植え付ける、そして国の再建につながるのだとありましたが、それを実践してきたということですね。」

八木澤「シャンティの活動を通して、アフガニスタンで女の子たちが教育を受けて、絵本の読み聞かせができているということは、シャンティの40年間の奇跡的な誇るべき成果ではないかと思っています。(アフガニスタンで外での読み聞かせの様子の写真を見ながら)銃をかついでいた元兵士が今先生になり、銃を捨て絵本を担いで各地を回っているという非常に画期的なことがアフガニスタンで行われています。」

その後、シャンティの「アジア子ども文化祭」の活動を振り返ります。

八木澤さん「アジア子ども文化祭には元々目的が2つあります。カンボジアの歴史の中で舞踊や踊りの先生が殺されてしまいました。なんとかこれを継承させたいという点です。また、難民キャンプで孤児の子どもたちが誇りをもって踊っている姿を見て、大人たちが元気になりました。さらに、第三国に行っても難民と言われているが、踊りを披露すると、彼らは難民ではない、文化があると、元気づけられた。かつ、各国の各民族の舞踊を披露することで、みんなが尊敬すべき文化を持っているんだと、私たちも学びが大きかったのです。」

有馬さん「子どもたちが変わり、それを見ている親たちも変わり、誇りを取り戻す、そういう巡回になっているのですね。」

第一部 Q&A

第一部の質疑応答の一部をご紹介します。

Q.アジア子ども文化祭を実施するのに一番難しかったことは何ですか?
A.八木澤「初めての試みだったので、国境を超えて子どもたちを呼ぶのが大変でした。カンボジアはまだ鎖国、ミャンマーは軍事政権で人を呼べない。そういう時にいろんな人から助けていただいて、大使館の人が自分で交渉してくれて、資金援助などいろんな人が助けてくれました。目に見えないところでのサポートがあってできたと思います。」

Q.活動について、お父様(故有馬実成氏)の背中を見て有馬さんはどんなことを感じていましたか?
A.有馬さん「一言で答えるのは難しいですね。ちょうど自分が多感な時期に父親がこの活動に全身全霊取り組んでいたので、父親の背中を通じて世界を見たいと思うようになりました。見ていたのは実は電話に向かう父親の姿で、電話の向こうは誰かわからないですが、毎夜深夜まで金策の話をしていたのをよく思い出します。一つ事業をするためには沢山の人の力が必要です。支援者の力がいる。それをまとめていく仕事は大変だと思っていました。」

第二部 トークセッション「変動するアジア~シャンティが向かう未来~」

第二部のトークセッションは「変動するアジア~シャンティが向かう未来~」と題し、シャンティの事務局長兼アフガニスタン事務所所長の山本英里がファシリテーターとなり、シャンティの全海外事務所と中継でつなぎ、トークセッションを行いました。トークセッションでは各事務所で活躍する現地スタッフが自らの生い立ちとシャンティで働く理由を語りました。また、後半では、有馬さんと八木澤、山本による対談を行いました。

カンボジア難民キャンプの支援から始まったシャンティは、現在6カ国、8地域に活動が広がっています。これまでに400校を超える学校を建設し、900館を越える図書室を整備してきました。日本からは33万冊以上の絵本を届け、現地では500タイトルを越える絵本を出版しました。また、これまでに、3万人を超える教育関係者への研修を行い、現在は学校、図書館などの教育現場で私たちの思いを受け継ぎ、教育の機会を届けています。今年は新型コロナウイルスの感染拡大により、どの活動地も厳しい状況に直面しています。

キックオフイベント_01

トーク(1)「地震大国ネパールでの防災教育」/ネパール

ネパール事務所長 三宅:
ナマステ。(こんにちは。)。ネパールでの新型コロナウイルスの感染者の累計数は24万人にのぼりました。3月下旬から学校が閉鎖され、ロックダウンが7月下旬まで続きました。ようやく11月下旬から学校が再開され始めましたが、7か月間子どもは学びの機会を失いました。経済は観光業が3割、出稼ぎによる送金が3割を占めているので、コロナ禍により大打撃を受け、仕事を失った出稼ぎ労働者や都市の貧困層が最も影響を受けています。家庭での女性への暴力、児童虐待が増え、課題となっています。
ネパール事務所 職員 ビノッド:
ネパールでは、2015年に発生した大震災により、9,000名の方が命を落とし、7,600校に被害が及びました。学校防災事業の一つ目の活動は校舎の再建です。これまで9校、54教室を建設しました。二つ目は紙芝居を使った防災教育です。100冊ずつの本を備えた図書コーナーを189教室に設置しました。子どもたちは本が大好きです。本を読みすぎて、のどがかれて声が出なくなった子どももいます。3つめの活動は、学校防災計画の作成や、避難訓練、子どもたちによるコミュニティの防災マップづくりなどです。

私自身は、グルンという疎外された先住民族出身です。12人兄弟の10番目として生まれました。私は、幸運な子どもで、12人兄弟の中で5人が小学校行き、うち3人が中等教育を受けましたが、私はただ一人大学を卒業しました。教育分野に携わるということは、仕事として働くことだけでなく、特別なことであり、事業を実施するだけでなく、素晴らしい意義があると思います。シャンティは、私にとって、私の夢を現実のものとし、私の頭と心が一緒になって働くことのできる完璧な場所です。

トーク(2)「根付き始めた図書館活動」/ミャンマー

ミャンマー事務所長 市川:
ミンガラーパー(こんにちは。)私は昨年7月からミャンマーの所長として赴任しましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、今年4月に、日本に帰国し、遠隔で事業調整を実施しています。滞在中は、ミャンマーの人々の助け合いの精神に心が洗われる毎日で、一日も早くミャンマーに戻れる日を夢見ています。

ミャンマー事務所 職員 ハニー:
ミャンマー事務所では、2014年より、子どもたちのための読書推進活動を開始しました。具体的には、学校への移動図書館サービスや学校図書館の設置、学校建設、子ども向け絵本の出版を行っています。図書館が絵本を読んだり、先生のよみきかせを楽しむ場所であるというイメージを、ミャンマーの子どもたちは、持っていませんでした。そのため、教育省と協力して、子どもに読書推進の機会を提供する活動しています。この間、ミャンマー政府は、学校図書館が質の高い教育を達成するために重要な役割を果たしていることを認識するようになりました。その結果、来年から始める中期10か年教育政策に、学校図書館の活性化が初めて盛り込こまれました。これは、シャンティが活動してきた成果でもあります。

私が学校で教育を受け始めたのは1995年でした。農村部やへき地に住む人々にとって学校へのアクセスは限られていました。その上、学校には適切な運動場もなく、本もなく、想像力を高めるチャンスもありませんでした。遊びを通して学ぶ幼稚園ですら、アルファベットや数学などの暗記に集中しなければなりませんでした。私の小学校時代は、白黒の教科書しかありませんでした。私は、教育をサポートすることは、単に何かをすることではないと考えています。ある意味、教育は、子どもたちの未来のための自発的な投資でもあります。ミャンマー政府は引き続き、ミャンマーの社会基盤整備のためにもっとも重要な教育部門を改革しようとしています。

トーク(3)「1クラスに2学年?!ラオスの挑戦」/ラオス

ラオス事務所長 玉利:
私は2018年5月からラオスのルアンパパーンという街に駐在しています。ラオスの一つの特徴は多民族国家で、政府が公式に認定している民族は50あります。シャンティのルアンパパーン事務所にも5つの民族の職員が勤務しており、職員の3分の2が少数民族です。新型コロナウイルスについては、幸い政府の早めの感染対策もあり、現在までの感染者が41名と抑えられています。一方で、この町では観光が中心となっているのですが、外国人観光客が来なくなったために、ホテルや旅行会社など観光産業に従事している住民が多いこの街では、多くの方が職を失い、厳しい生活を強いられています。

ラオス事務所 職員 オイ:
ラオスの特に遠隔地では、校舎の老朽化や机いすの不足など学習環境が十分ではない学校が多くあり、子どもたちが勉強するには非常に困難な状況にあります。また、遠隔地に住む多くの子どもたちは少数民族であるため、公用語であるラオス語を話せません。その大半は貧困層です。さらに、一人の先生が一つの教室で2もしくは3学年の児童を一緒に教える複式学級が、ラオスの多くの学校、特に農村部の小規模校で見られます。複式学級は、すべての子どもたちに教育を受ける機会を提供するために非常に重要です。といいますのも、複式学級にしなければ、政府は先生の数や校舎の不足のために農村部では学校を設置することができず、子どもたちは学校に通うことができないかもしれないためです。しかし、残念ながら多くの先生は、複式学級における教授法を理解していないため、効果的な複式授業を行うことができていません。そのため、単式の授業と同じように児童に知識を伝えられていない状況です。シャンティでは、特に遠隔地に住むラオスの子どもたちをサポートする活動を実施しています。例えば、学校建設や読書推進活動、教材の開発や研修の実施などを通した複式学級運営改善事業などです。

私は首都のビエンチャンで育ち、大学までビエンチャンの学校に通いました。私が勉強していた学校は、幸いにも複式学級ではなかったので、複式学級で勉強することの難しさは経験せずにすみました。シャンティで働き続けている理由は、子どもたちの笑顔に触れる事ができるからです。また、教育は今後もすべての人々にとって重要なものと考えています。私はシャンティでの活動を通して、基礎教育分野において多くの経験を積むことができました。また、NGOの業務がどのようなもので、ラオスにおいてどのように活動を実施していくべきかを知りました。更に、遠隔地に住む子どもたちには何が必要かを把握し、どのように彼らに寄り添い、共に学びながら活動していくかを学ぶ事ができました。

トーク(4)「遊びの中に学びがいっぱい」/カンボジア

カンボジア事務所長 加瀬:
2018年からカンボジアの首都プノンペンに駐在しています。新型コロナウイルスの感染拡大について、400名弱の感染者に留まっているカンボジアですが、11月末には、カンボジア人からカンボジア人への市中感染が確認され、防疫体制が再度強化されています。教育関連機関は11月末をもって再閉鎖となり、再開は新年度の1月以降の見込みとなっており、感染リスクが再燃しているような状況です。
カンボジア事務所 職員 モンクラ:
近年、国際的な教育開発の潮流において、幼児教育の注目度が高まっていると思います。幼児期は、もっとも重要な心身の発達時期で、幼児期の体験がその後の人生を決める上でとても大切な事だと言われているからです。机やいすが設置されてはいるものの、粗末な幼稚園の教室の環境は、子どもたちの幼児期の健全な発育を妨げています。また、幼稚園の先生方も、小学校教育と同じような指導しかしていないのが現状です。たとえば、子どもたち同士で遊んだり、自然環境と触れ合ったり、おもちゃや絵本などを楽しんだり、幼児期の「遊び」体験は、幼児教育にとって、とても大切であり、小学校教育とは異なる特徴でもあります。しかし、カンボジアの幼稚園の先生の多くが、小学校教員資格しか持っておらず、「遊びや環境を通した学び」の理解が限られています。私たちは、2015年から、教育青年スポーツ省と協力して幼児教育事業を実施しています。事業では、「遊びや環境を通した学び」の大切さを教員に理解してもらうとともに、カンボジアの幼稚園でそれらが実践されるように働きかけを行っています。幼児期における子どもの発育にとって、認知的な能力に加えて、非認知的な能力の発達にも幼児教育が役立ちます。

私が子どもの頃は、カンボジアに幼稚園がほとんど存在せず、「幼稚園」という言葉すら聞いたことがありませんでした。事業を通じて、幼児期の様々な体験や「遊び」の大切さが良くわかる今だからこそ、カンボジアの子どもたちに幼児教育機会を提供できればと思います。子供たちのこれからの人生につながる大切な時期である幼児期において、子どもたちの「遊び」が「学び」となるように、先生方に読み聞かせや、教室環境、身近なものを活用した学習教材の開発などを伝えていきたいと思います。幼児教育事業に関われることを誇りに思い、そして、更なる改善がみられるように頑張っていきたいと思います。

トーク(5)「心の拠り所 難民キャンプの図書館」/タイ・ミャンマー国境

ミャンマー国境支援事業事務所長 中原
タイの新型コロナウイルスの状況ですが、11月末時点での感染者数は約4,000名となっています。難民キャンプでは国内の状況により一時的にキャンプを閉鎖する対応などありましたが、幸いにもキャンプ内では報告は出ていませんでした。しかし、11月下旬に初の感染者が確認されました。難民キャンプは人口密度が高く、衛生面などでの懸念もあるため、タイ政府を中心に迅速な対策が取られています。

ミャンマー(ビルマ)難民キャンプ事務所 所長代行 セイラー:
シャンティが難民キャンプでの図書館活動を開始して、約20年が経ちました。タイ-ミャンマー国境にある難民キャンプの成り立ちは公式には1984年、36年間と長期化しています。図書館は長い難民キャンプの歴史の中で「人生に必要な場所」として人々の生活に根ざしています。図書館は年齢、性別、宗教、民族に関係なく、全ての人が平等に利用できる場所です。好きな時に訪れ、知識や情報を探求できる場として、図書館は難民キャンプの中で安心できる場所の一つとなっています。子どもたちは日々の生活の中で困難に直面しています。しかし、読み聞かせの世界に入っていくと、すべてを忘れてしまいます。笑顔を見せ、笑い、楽しく幸せを感じるひと時となるのです。コロナ禍で予防対策を行いながら子どもや利用者がこれまで通りに図書館に来てもらえるように努力しています。

私は子どもの時、学校に通う機会がありませんでした。でも両親は私が勉強できるように、努力してくれました。教育がいかに大切かということを理解してくれていたからです。こうした体験から、私は難民キャンプでボランティア教師をすることになりました。そこで難民キャンプという生活環境の中で将来に夢や希望を持てない子どもたちがたくさんいることを知りました。外の世界についての情報を得られず、外の世界を見る機会も無い中にいたからです。これが私にとっての出発点となりました。教育こそが、彼らの心を開き、夢や希望に繋がるはずだと考えるようになったのです。2000年、私はシャンティに出会い、その教育支援に感銘を受けシャンティで働くことを決めました。読み聞かせには大きな力があると確信しています。子どもたちの想像力を刺激し,図書館員と子どもたちの間に良い関係が構築され、信頼が生まれます。子どもたちに力を与え、夢や希望を持たせてくれます。私はこれからも頑張っていきたいと思います。

トーク(6)「紛争下のアフガニスタンの教育を守る」/アフガニスタン

事務局長兼アフガニスタン事務所長 山本:
アフガニスタンは現在治安状況が悪化しており、日本人の駐在は難しく、遠隔で事業に関わっています。アフガニスタンでは、2001年のタリバン政権崩壊後、平和な社会の実現に向けて復興がなされてきました。残念ながら紛争は継続し、さらに複雑化して、平均すると今もなお1日に55名の民間人が巻き込まれて亡くなっている状況です。ようやく今年は和平に向けて現政権、最大反政府勢力タリバンとの協議が進展しましたが、武力衝突やテロ攻撃が相次ぐなど治安情勢は悪化しています。その上、今年2月から、新型コロナウイルスの感染拡大は、公式に発表されている4万人より多いと思われ、ロックダウンや国境封鎖による経済の打撃で、国民の半数以上が貧困ラインの生活を強いられています。約500万人のこどもたちが緊急支援を必要としており、長引く休校への対応もなく学びの機会の喪失につながっています。

第二部 Q&A

第二部の質疑応答の一部を紹介します。

Q.ミャンマー事業で使われている本はどのようなものがありますか?日本の絵本がほとんどなのでしょうか。
A.市川:2014年に始まった当初はほとんどミャンマーに絵本がありませんでした。最近では、ミャンマーで出版された絵本や、翻訳の絵本がありますが、質や量が限られているため、隣の国、タイから購入したり、日本で購入しています。また、国内でシャンティが行っている絵本を届ける運動で、ミャンマー語の翻訳を貼って本を送ってもらっています。絵本出版委員会を設置して、年に5~6タイトル、ミャンマー語の絵本を出版し、活用もしています。

Q.難民の方々はどれくらいの期間、キャンプに住んでいるのでしょうか?キャンプ全体の状況を詳しく教えてください。
A.中原:難民キャンプは公式には1984年に作られました。当初から難民キャンプで生活している方々は、かれこれ30年以上の生活が続いています。難民キャンプで生まれ育った子どもたちも大勢おり、まだ一度も祖国であるミャンマーに行くことなく、キャンプの中で生活し成長してきています。キャンプは外部からの支援で、衣食住、教育、医療が当初からあり、現在に至っています。難民はNGOの職員となって、キャンプの中で仕事に就いて、収入を得て生活している方々もいます。難民キャンプ内で配給される食糧などをベースにして、自給自足で、食糧を手に入れて生活している方々が多いです。

対談「未来への展望」

続いて、各事務所からの報告を踏まえて、会場にいる有馬さん、八木澤、山本よりそれぞれ感想をいただきました。

有馬さん「アフガニスタンの話がすごく切実で、仕事に出て今日無事に帰れるかどうかわからないという思いで家を出るのが日本では想像できない世界だと改めて思いました。疑念もありながらも、図書館活動が将来に繋がるんだということを、時間をかけて思ったというのが印象的でした。前段に出てきた、子どもたちの話で、時間をかけて子どもたちに理解してもらわないといけない、押し付けたりやらせたり、強要するのではなく、時間をかけてその子どもたちが納得して理解していく、時間が大事なんだな、続ける、継続する、彼らのリズムで理解することが大事なんだなとアフガニスタンの話を聞いて、思いました。そういう支援が必要だと思いました。」

山本「今年は、新型コロナウイルスの感染拡大に対し、子どもたちや職員を感染から守りながら活動を継続できるのか本当に悩みました。国連が発表した報告によると、この新型コロナウイルスの影響で、残念ながら途上国の貧困率はさらに悪化し、経済状況は30年ほど後退するだろうといわれています。私たちが活動する教育分野も一度復興を中断してしまえば、せっかくこれまで培ってきたものがゼロになりかねません。何とか踏ん張っていかなければと思っています。
一方、この問題は世界中で起きているので、今は自分のこと、自国のことを考えるのに精一杯で余裕がない、そのような状況になっていると思います。ただ、私たちの事業地では新型コロナウイルスではなく、飢餓で亡くなる人の方が増えているということ、1年近く学びの空白が生まれている子どもたちがいます。教育格差が広がることが懸念されています。より困難な人々に目が向けられるよう、やはり私たち含め国際社会が一丸となって取り組んでいく必要があるのではないかと感じています。」

八木澤「ネパール事務所のビノッドも、少数民族の中の貧困層から抜け出して教育に関わっている。ミャンマー(ビルマ)難民キャンプ事務所のセイラーも難民に近い状態で関わっています。それぞれが当事者である中で、活動を継続するという簡単ではありません。」

対談の様子

さらに、話題は新型コロナウイルスへの影響へ移り、八木澤が滞在するタイでの新型コロナウイルスの影響を語りました。

八木澤「今年の3月4月は絶望的でした。私たちは、クロントイ・スラムにいるため、三密プラス貧困、食べられない、という状態です。空港が閉ざされ、国境が閉ざされると、年間2000万人の外国人観光客もほぼゼロになり、ホテルやレストランも閉鎖されました。タクシーの運転手さんも収入が半減したといいます。バンコクにはスラムが約2,000ヶ所、人口にして約200万人、5人に一人スラムで暮らしていますが、最底辺の人は、テレワーク出来ません。自分の体を使って、稼ぎに行かなければ生活ができないという状況でした。」

有馬さん「日本で緊急事態宣言が出た頃にWHOのディレクターに取材した際、その時点で真っ先に指摘していたのですが、過酷な場所、紛争地、難民キャンプでのパンデミックが一番心配だと言っていました。それから半年以上経ちますが、問題はその間の変化を、ニュース番組の中でほとんど紹介できなかったことです。リスクもある中でどうしても後回しになってしまっているというのが現実です。ワクチンナショナリズムという動きの中で、立場の弱い人たちにワクチンが回るかという議論が進んでいるのかということが一番重要ですが、メディアで焦点が当たらない、伝えているつもりなのに焦点が当たらないというところが、問題だなと思いました。一方で、メディアの取材が届かない場所の話、現地にネットワークがあるNGOの情報価値は高い。八木澤さんや山本さんにぜひお願いしたいのは、それをもってメディアを焚きつけることをぜひやってほしいと思います。

日本でも取材に制約があることは変わらず、とりわけ今、医療現場の大変さがありますが、結局病院のスタッフの方がこの現状を伝えてほしいと思っています。それならば、現場の方にカメラを委ねて、中の様子を医療現場の従事者の方に切り取ってもらい、報道機関がそれを届けるという形になっています。今日思ったのは、これが世界中でできるのではないかということです。6か国12人が遠隔で今日報告できたように、現場の様子を伝えていくことができるのではないかと前向きに思いました。」

対談の様子

八木澤「本当に今年は自問自答の年です。教育というのは変えるのに長い時間が掛かるため、触媒になるということが大切だと思います。主役は最も苦しんでいる人、または社会の底辺にいる人で、彼らにどうやってスポットをあてるか、というプロセスの大切さを改めて思いました。

どんな状況にあっても、あきらめない、絶望しない、夢を持つ。「ミッション」、「パッション」、「ドリーム」があれば、必ず何かができる、解決できる。これは有馬さんのお父様が40年前に言った言葉です。私たちシャンティは「社会の底辺にうごめく存在であるべきだ、ウジ虫になりましょう」と。こうやって社会の底辺の人たちと共に生きるのがシャンティの使命、ミッション、パッション、ドリームなので、必ず何か知恵が出る。あきらめないで行きましょう。」

有馬さん「毎日ニュース番組で立場が弱い人、困難にある人のニュースを伝えることが多いです。最近ではALSの患者の方、家庭に居場所がない女性たち、仕事をどうやっても見つけられない非正規の働く若者たち。そうしたニュースを伝える時に必ず、今の社会のセーフティネットから漏れた人たちを救おうとする人たちもいるということを伝えます。このようなニュースが作成できるのは、セーフティネットとして活動する人たちからの情報発信があるからです。困った人にも必ず誰かが寄り添おうとして必ず手を差し伸べようとしています。それがNGOのベースですよね。今日、印象的だった話の一つは、今、断ち切れてしまうと元の木阿弥だ、という話です。是非、この困難下でも会の活動が継続しますように。そして、ぜひ、それを支援する方はわが身を守りつつ、困った人にも少し手を差し伸べるということで、この会の活動がさらに発展していくことを祈念しております。」

「これからの40年に向けて」

イベントも終わりに差し掛かり、事務局長の山本より、これからの40年に向けての思いと決意をお伝えしました。

事務局長 山本:
「改めましてシャンティの40年を支えてくださった多くの方々に改めて厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。私が、シャンティが創設当初から変わらずに貫く、現地の人々や子どもたちに向き合う姿勢に感銘を受け、シャンティの活動に関わりたいとバンコク最大のスラムの中にある事務所の門をたたいたのが今から20年程前になります。

それから駐在したアフガニスタンでの初めて経験する紛争下での暮らし。一瞬で命が消える瞬間。飢えるということ。そこではたった5歳にも満たない子どもたちが、鉛筆のように細い裸足の足で、極寒の砂利道で換金するための鉄くずを集めていました。夕暮れが近づき、自分の体程の袋はほぼ空っぽの状態でした。泣きそうな顔して、ただ、鉄くずを探し続けている子どもたちがいました。世の中の不条理と、自分の無力さを知り、涙をこらえることができませんした。

「泣くのは人が死んだ時だけ。それができないなら帰った方がいい」そんな風に言われたことがあります。その時から私はこの言葉を頭に、「できること」を一緒に探していく、この子たちの笑顔と希望を取り戻すことをしていきたいという思いで活動をつづけています。シャンティが継承してきた活動をアフガニスタンに紹介したときの、初めて絵本を手にする子どもたちの興奮、お話しの読み聞かせに目を輝かせる子どもたちの顔は今でも忘れられません。絵本、読書、図書館活動の秘めた可能性は、私の想像をはるかに超えるものでした。

どんな困難な状況であっても生きる力と望みを持ち続けること、それを人々と共に考え、支えていくのがシャンティの活動です。この40年、皆様からのご支援のおかげで多くの子どもたちに笑顔と生きる希望を届けてくることができました。それでも常に目に浮かぶのは、まだまだ助けられていない泣きそうな顔をした子どもたちの顔です。

私たちは、40年を迎えるにあたり、役員、職員ともにどういう方向に向かうべきかと議論を重ねてきました。社会情勢の変化、それに伴うNGOに求められる役割や期待が今、変わりつつあります。常に人々と寄り添う姿勢、シャンティの原点は変わりませんが、40年の経験と知見を経て、私たちは更に成長していきたいと思っています。シャンティは、お話し読み聞かせ、読書推進、「本」をキーワードとした教育支援活動の専門集団として認めて頂き、国際社会においての存在感をより示していきたいと思っています。そして、日本の国内の問題にも目を向け、国内外の問題を地球市民として取り組んでいきます。シャンティのミッションである平和な社会への実現に向けて、私たちだけでは成し遂げることはできません。行政、会社、宗教法人、様々なバックグラウンドを持つ団体、個々人のより多くの人たちと手を取り合い、一緒に地球市民として課題解決に取り組んでいきたいと願っています。

皆さんもぜひシャンティを通して体験できる世界を知ってみませんか?どんな困難な状況の中でも生きる希望を持ち、強く生きる子どもたちから、皆さん一人一人の人生を豊かにするヒントをもらえるはずです。」

最後に神津副会長に閉会の挨拶をしていただきました。

副会長 神津:
「NGO活動はトライ&エラーの連続と言われるように、シャンティも試行錯誤しながら40年間歩んでまいりました。これもひとえに、活動を支え続けてくださいました関係者、ご支援者みなさまのあたたかい応援があってこその成果でございます。あらためて深く感謝申し上げます。

私が有馬嘉男氏と初めてお会いしたのは、20年前でした。日本NGOの先駆者、そしてシャンティの立ち上げの中心だった有馬実成元専務理事が、東京から山口の病院へ転院されるとき、シャンティ東京事務所に立ち寄られて、付き添っていらしたのが、嘉男氏でした。その日は、残念ながら私が元専務理事のお話を聞く最後の日となりましたが、「シャンティには他のNGOがもっていないものをもっている」というお言葉は、今でも鮮明に覚えております。そして、元専務理事に寄り添って歩まれた奥様の周子様の影の力なくして、その稀有な活動とシャンティの活動があり得なかったことを、私たちはよく存じ上げております。

今は未曽有のコロナ禍で、各国はますます厳しい状況におかれておりますが、それはさらにシャンティの活動が求められていることでもあります。これからも、シャンティ独自の力強さ、良さを生かして、オールシャンティで取り組んでまいりますので、皆さまには引き続きのご支援ご協力を賜りますようお願い申し上げて、私の挨拶とさせていただきます。」

ご視聴いただいた皆様、ありがとうございました。年の瀬も近づいていますので、どうぞ良いお年をお迎えください。

事業サポート課 松本・竹本

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