2024.04.25
インタビュー

「多様性」をデザインでも|グラフィックデザイナー保田卓也さん

2020年から現在にかけて、シャンティの団体ロゴや「絵本を届ける運動」ロゴのみならず、ウェブサイトや報告書、チラシなどが届く封筒、「翻訳絵本制作セット」などさまざまな広報物がなんだか変わった、とお気付きの方もいるかもしれません。皆さんが普段あまり目にすることのないもの、たとえばシャンティ職員の名刺なども実は新しくなっているんです。

写真:団体の広報媒体

これらのリニューアルは、2021年に団体設立40周年を迎えることを機に、団体ロゴの刷新から始まり、これからもシャンティだからこそできる活動に邁進していく決意を込めて取り組んでいるもので、デザイナーである保田卓也さんの協力のもと進めてきました。

保田さんは、美術館や学校法人、書籍の表紙やカバーなど文化領域でのデザインを多く手がける、文化と教育をキーワードに活動するグラフィックデザイナー。シャンティは、2020年、当時40周年を迎える前に団体のリブランディングをしたいと考えていました。その時に保田さんと出会い、シャンティの想いに共感いただいてご一緒するようになりました。

今回はそんな保田さんに「絵本を届ける運動」25周年にあたって取り組んだ、「翻訳絵本制作セット」のリニューアルについてその裏側を伺いました。


新たに追加した「参加のしおり」と、小さくても大きいサイズ変更

「翻訳絵本制作セット」は、絵本・説明書・あいうえお表・翻訳シール・参加のしおりがまとまった、「絵本を届ける運動」に申し込むと届くセットです。これまではすべて同じA4サイズだったところを、今回のリニューアルではすべて異なるサイズに変えました。

写真:リニューアルした「翻訳絵本制作セット」(『わたしのワンピース』えとぶん にしまきかやこ、こぐま社)

保田さん:「絵本を届ける運動」に子どもと参加した時に、いろいろな資料が重なって届いてどれがどれだかわからない…と感じたのが発想のきっかけです。それぞれの高さを変えれば、使う順番もわかりやすくなるのでは…?!と思いついたんです。

この変化は25年間あらゆる点で改良を積み重ねてきた「絵本を届ける運動」の中でも、ひとつの大きなイノベーションで、保田さんのやさしさから生まれた改良でした。

保田さん:難しかったのは「あいうえお表」ですね。まず読めない言語なので、デザインを整えながらそもそも合っているのかがわからず…。現地職員さんにも確認してもらったり、想像以上に大変でした。

「あいうえお表」は、シャンティの活動地の言語を日本語のあいうえおに当てはめているので、言語によっては「あ」と「い」の間ぐらいの発音のものもあり、人によって判断が分かれるなど混乱を極めました。どれも希少言語なので容易に正しい表記を見出すことは難しく、シャンティ職員が国会図書館に通って確認した日もありました。

保田さん:今回のリニューアルで新たに追加した「参加のしおり」は、「絵本を届ける運動」を通じて参加者の皆さんに何を伝えるべきかシャンティとしての模索の一つであり、すごくおもしろい取り組みでもありました。
打ち合わせを重ねる中で、団体の概要や「絵本を届ける運動」の取り組みについて説明するという役割は担いつつ、「参加のしおり」が翻訳絵本づくりに取り組んでもらうためだけの“道具”ではなく、参加する方の学びの機会になることを目指そうということで方向性が決まりました。
制作を進める中でも学ぶことが多くておもしろかったです。いろいろな混乱を乗り越えて完成した「参加のしおり」は、じっくりと楽しんでほしいですね。


写真:完成した「参加のしおり」

シャンティの活動における「多様性」をデザインでも

保田さんはこれまで「絵本を届ける運動」報告書やパンフレット、シャンティの年次報告書などのリニューアルも手がけていますが、以前と比べて変化している点としてはカラフルになっていることだそう。

保田さん:ブランティングのひとつのセオリーとして、ずっと同じ色や情報を使い続けることがあります。たとえば、シャンティさんであればロゴにあるグリーンをあらゆる場面で使い続けることで、このグリーンの団体といえば「シャンティ」と記憶してもらえる、ということです。
ただ、デザインを進める上で、さまざまな活動に取り組んでいて活動地も多様、さらに活動地それぞれの文化を尊重しているというシャンティらしさをできる限り残したいと思いました。そこで、グリーンをメインにしながらも、サブで使う色を決めました 。これによって、色味のトーンに統一感を出しながら、全体としてカラフルな印象に変わったと思います。

厳しい状況だけでなく、シャンティが届けている希望を伝えたい

色味の変化とともに写真選びにも変化があり、民族衣装や自然の風景など色味を感じる写真や、笑顔の写真を選ぶことが増えたそう。

保田さん:シャンティに関わる前は、NPOやNGOは社会課題を解決するための活動で、ネガティブをポジティブに変えるという側面があるので、どうしても悲惨な写真やかわいそうな写真が多いイメージでした。
ただ、シャンティの活動写真を見たら楽しそうな写真がたくさんあって。問題だけの訴求ではなく、継続的にコミュニケーションしていくツールに関しては、確実に届けている希望を伝える方がいいんじゃないかと考えが変わったんです。問題を伝えるより、希望を届けるものにしよう、と。こう思えるようになったのは、シャンティとご一緒するようになってからです。
一方で課題もあって、ただ楽しげな様子だけが伝わって課題が見えにくくなってしまう、ということもあって、そのバランスは難しいですね。

自分でも社会課題に関わることができるという救い

リブランディングを進める中で、保田さんとさまざまな議論を積み重ね、「事業」と「活動」の違いについて考えたり、現場を知らない人にどう伝えるかを模索したり、暗闇の中を進むような苦しい時期もありました。しかし、このプロセスはシャンティにとって大きな財産となりました。

保田さん:これまで美術館の仕事が多かったので、企業や団体のブランディングにどう自分らしく寄与できるのか自分としても不安がありました。そんな中でも、シャンティのリブランディングは自分らしく関わることができて、ほかのプロジェクトでも自分のスタンスを見出せたように感じます。企業や団体が持つ”らしさ”をきちんと深掘りして伝えていくことの重要性を痛感しましたし、自分らしい取り組み方を模索している時期に、シャンティに関わることができてすごくありがたかったです。
最近は、新しく活動地で撮影された写真が届くたびに、小さな希望が見えて自分自身の救いにもなっています。戦争や災害など、社会課題は大きくてどうにもならないように感じますが、小さくても自分にも関われることがある、ということは心の安定にもつながっています。

保田卓也さんプロフィール 


グラフィックデザイナー。2009年、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。同年、凸版印刷(現TOPPAN)に入社。中野デザイン事務所への出向を経て現在に至る。編集的アプローチとコンセプチュアルな造形を通して「発見」と「定着」が同時に起こるようなデザインを目指し活動している。
ウェブサイト https://www.hoda-design.com/