2023.10.18
コラム

翻訳シールからみる「絵本を届ける運動」のあゆみ

平島容子、高橋明日香

「絵本を届ける運動」は、日本の絵本に現地の言葉に翻訳したシールを貼った「翻訳絵本」を届ける活動です。翻訳シールは、届けることができる国の数や、絵本の数にかかわってくる重要なポイントで、シャンティ独自の発想から生まれ、活動開始当初からこれまで改良を重ねてきました。今回は翻訳シールから「絵本を届ける運動」の変遷を追ってみたいと思います。

1999年以前:「絵本を届ける運動」の前身となる「絵本一冊運動」手探り期

シャンティは1981年の設立当初から、活動地の人々がもつ伝統と文化に根ざした教育の重要性を感じ、活動の軸として図書館活動を行っていました。そして、活動地での図書館活動と並行して、国内においては「絵本を届ける運動」の前身となる「絵本一冊運動」にも取り組んでいました。

「絵本一冊運動」は、日本で集めた絵本を現地に持っていき、現地スタッフの手で翻訳文を貼った翻訳絵本を、活動地へ届けていました。このころは現在のように翻訳文をシール台紙に印刷する方法ではなく、コピー用紙に手書きの翻訳文を印刷したものをのりで貼り付けていました。

絵本も今とは異なる方法で集めていました。古本を探したり、いただいた募金で絵本を購入したり、支援者の方にいただいたり…。何もかもが手探り状態で、手間暇と労力は相当のものでした。

翻訳文も手書きのシール

1999年:「絵本を届ける運動」として本格始動

活動地にもっとたくさんの絵本を届けたい、国内でより多くの方に参加してもらえる活動にしたい、という想いから、1999年に大きく仕組みをリニューアルしました。

参加者が申し込みさえすれば気軽にできるよう、現在の方法に近い「絵本、翻訳シール、お名前シールをセットにして送る」という形を採用し、名称も「絵本を届ける運動」に変更。「絵本を届ける運動」の本格始動です。

コピー用紙に印刷し、のりとハサミで切り貼りしていた翻訳文は、このころからシール台紙に印刷するようになり「翻訳シール」になりました。ちなみにこのシール台紙も、活動地でできるだけ長く絵本を楽しめるように、はがれにくいものを探し出し、現在のものに至っています。

手書きの翻訳文から少し進化。ワードデータを印刷した翻訳シール作成途中

当時の翻訳絵本制作セット 『はじめてのおつかい』作:筒井 頼子 絵 :林 明子 出版社:福音館書店

2000年:翻訳シールの上下がわかりにくい問題を解決

皆さんは知らない言語を見た時、どの向きで読むものなのかわからないという方が大半だと思います。アフガニスタンで使われているダリー語・パシュトー語のように右から左へ読むものもあれば、小さい丸が多用されているカレン語など、「絵本を届ける運動」で出会う言葉は特に難しいかもしれません。

参加者の方に翻訳シールを貼ってもらった絵本は、シャンティ事務所で最終チェックをして完成する流れなのですが、翻訳シールの上下を逆に貼ってしまっている例が多くありました。翻訳シールを台紙から切り離してしまうと、シールを貼るべき上下がわかりにくくなってしまうことが原因でした。

そこで、翻訳シールを改良し、上下がわかるような工夫を取り入れました。これにより、上下を正しく貼りやすくなりました。

改良前の上下どちらも四角いシール
『スーホの白い馬』作:大塚 勇三 絵:赤羽 末吉 出版社:福音館書店

 

改良後はシールの角で上下がわかるようになりました 『ぶどう畑のアオさん』作:馬場のぼる 出版社:こぐま社

2010年:翻訳シールのデジタル化で大進歩

当時シャンティの活動に参加してくださっていた方が、それまで手書きで作成していた翻訳シールをデジタル化するのはどうかと提案してくれました。

その方は普段は社会人で、雑誌やチラシのデザインができる方だったこともあり、ぜひ!とお願いし、現在同様の訳文や切り取り線がすべてデジタル化された翻訳シールが完成しました。

デジタル化することで、翻訳シールを作成する時に微調整と工夫ができるようになりました。これまでは枠の大きさや曲線などを絵本にあわせて細かい調整にかかる労力が大きくかったところ、デジタル化したことでさまざまな工夫をしたとしても1タイトルの作成にかかる時間が大幅に短縮されました。同じタイトルを別の言語にするときも、翻訳部分のデータを入れ替えるだけになりました。

また、これまで印刷屋さんに手渡ししていた入稿データをメールで送れるようになったのと、印刷自体もきれいな仕上がりになるなど、「絵本を届ける運動」にとって翻訳シールのデジタル化は大きな変化でした。

少しずつ翻訳シールのデジタル化を進め、2014年ごろには過去タイトル含めすべてがデジタル化されました。

上:定規やのりを使って、ボランティアさんが手づくりしていた翻訳シール
下:デジタル化した翻訳シール(2011年)

2016年:切り取り枠線はどうあるべきか

翻訳シールは、台紙に黒い切り取り線が印刷してあり、その内側を切って絵本に貼ります。

翻訳シールの周りの黒線が残ってしまっている例。このような場合、修正が必要となります

そこで2016年は、この黒い枠線を点線に変えてみました。しかし、修正が必要な翻訳絵本の数はあまり変わらず…。むしろ高齢の方から、どこを切り取っていいのかわからないと視認性の低さを訴える声が多く挙がり、結果として現在同様の黒線に戻しました。

2023年:翻訳絵本制作セットをリニューアル

「絵本を届ける運動」は申し込んでいただくと、絵本と「翻訳シール」のほか、「あいうえお表」など必要なものがまとまった制作セットがお手元に届きます。

2023年には、おとなから子どもまで「おうちでできる国際協力」として親しまれてきた「絵本を届ける運動」をより参加しやすい取り組みとすべく、アジアの言葉と暮らしが楽しく学べる制作セットにリニューアルしました。

リニューアル後の制作セット内容(左から、絵本、参加のしおり、翻訳絵本のつくり方、あいうえお表、翻訳シール)

これまでの制作セットに「参加のしおり」を新たに追加し、つくり方をお伝えするだけでなく、絵本を届ける先の言葉と暮らしを学ぶことができる内容にしました。

また、「翻訳絵本のつくり方」も、これまでの試行錯誤の結果を反映し、参加者に上手につくるポイントと気をつけることが簡潔に伝わるように刷新しました。

このように翻訳シールひとつをとっても、試行錯誤を繰り返しながら今に至っています。これからも、参加してくださる皆さんと共に、改善すべき点は改善しながら、活動地の子どもたちの生きる力を支えるため進んでいきたいと思います。