「民族」という難問 ―国境の図書館で答えを探して
「ミャンマーから来たカレンの人々。帰還が始まったのになんで『ミャンマーから』の人々は帰っていないのか?」
私がこの事務所のインターンを始めた時は、タイとミャンマーの国境地帯の難民の人々についてこのように考えていました。
確かに、紛争や経済的な困窮を逃れるためにミャンマーから来た人々がいます。一方で、35年続く難民キャンプでは、ここで生まれ育った人々もたくさんいます。その差異に関わらず、難民の人々と話して感じたことは、ミャンマーに対する同一性が薄いことです。ここ(難民キャンプ)が私の家、ミャンマーは「帰る場所」ではない、ミャンマーに行くなら他の国に住みたい、と話す人はとても多いです。じゃあ、彼らは誰なのか?「カレン人だ」と彼らは答えるでしょう。難民キャンプの中で彼らは、「カレン人」という同一性でつながっているように感じます。生まれや国籍はおいといて、我々はカレン人である、という意識が私の出会う難民の人々にあるように思いました。そして私の考え方を決定的に変える出来事がありました。ある女子高校生のことです。英語も話します。彼女は、難民キャンプで、「他の国に住みたい。他の国で勉強したい。どうすればいいの?」と私に質問しました。特例を除き、他国へ定住することはできないため、私は「ミャンマーに『帰る』しかないかもしれない」と説明しました。すると彼女は、「あなたはカレン人の気持ちがわかっていない。誰も私たちに自由を与えてくれない。」と言いました。この言葉は、私の心に重くのしかかり、私は初めて「カレンの人々」を明確に意識するようになりました。
では、ミャンマーにいるカレン人も同じか、と言えばそうではないように思います。ミャンマーにいるカレンの人々、また、その他の少数民族の人々と話をすると、彼らはミャンマー国民としての同一性を持っているように感じました。「民族は違うけど、みんな同じミャンマー人だよ」というように。もちろん私が出会った人々の中での話ですが。
ミャンマーのカレンの人々
このような同一性に対する違いといった、その土地に暮らす人々の考えを意識して接し、事業を展開することが重要なのだ、ということをこのインターンを通して感じました。そして、これに気づいたとき降りかかる問題が、「帰還」という言葉の意味です。「帰還」とは彼らにとって「帰る」ことを意味しないのかもしれない。
しかし、第三国への定住が大きく制限され、難民キャンプで国際援助が減少し続ける今、今後生活の困窮が進み、帰還への流れはもっと強まるでしょう。となれば、今求められているのは、帰還地の開発と同時に、ミャンマーに対する(同一性までいかないにしても)親近感や共生の価値観を養って帰還の流れに対応していくことなのではないでしょうか。なぜなら、帰還が進まない一つの理由としてあげられる「人々の不安」の源泉は、大きな原因である就業、安全など帰還後の生活に関するものの他に、「同一性や親近感の欠如」もあると思うからです。ミャンマーを身近に感じることで、帰還後にミャンマーに馴染みやすくなると思います。しかし、それをどうやってカレンの人々の価値観や文化を傷つけることなく遂行するか。これが大きな課題でしょう。というのも、(事実かは精査を要しますが)「ミャンマーの学校でカレンの文化や歴史を十分に学べないようにされてしまった今、難民キャンプがカレン文化をちゃんと学び保全する唯一の場所」と考えて難民キャンプに留まる人もいるからです。
シャンティの図書館は、これに一つの答えを与えているように思います。ミャンマーと難民キャンプをつなぐ場所にもなっています。毎月ミャンマーから購入している本は、日常生活で使える知識が獲得できて実用的、カレン以外の視点から世界やミャンマーのことを知れて嬉しいといった意見が利用者から聞かれ、とても好評です。また、カレン語の本、カレン語に翻訳された日本やタイの本、カレンの文化を紹介しながら他人を大切にする気持ちを教えてくれる出版本など、カレンの文化を伝えながら共生することの大切さも伝えているように思います。そして、ミャンマー国境支援事業にて、帰還地に建設したコミュニティ・リソース・センターは、帰還民の心の支えになると同時に、帰還民や元からの住民といった立場を超えて、子ども達が一緒にゲームや読み聞かせに参加することで、仲間意識・親近感を生み出すことを助けるはずです。この交流を通じてミャンマーとカレンの文化や歴史をお互いに共有することで、共生するということ、平和とは何か、について考える機会を与えていくだろうと信じています。ミャンマー国境支援事業事務所として民族の文化や歴史を難民キャンプの中と帰還地から、文化を大事にしつつ平和を推進することの平和の実現の一つの手法をシャンティから学びました。
難民キャンプ図書館利用者
コミュニティリソースセンター利用者
ここで感じた民族の問題は、私にとってあまりにも新鮮で、あまりにも深い話題でした。なぞは深まるばかりです。しかし、その混沌とした問題を解決する一つの方法としてのシャンティの事業が、今後民族の問題を扱う際にヒントを与えてくれるものだと確信しています。
最後になりましたが、 このブログがシャンティのミャンマー(ビルマ)難民事業事務所インターンとして私が書く最後のブログとなります。皆様、拙い(長い)文章でしたが1年間読んで頂きありがとうございました。シャンティと皆様、平和な世界を願う熱い人々に出会えたことは私の生涯の財産になります。私をインターンとして受け入れてくださったシャンティの皆様に感謝申しあげます。
ミャンマー(ビルマ)難民事業事務所 佐藤