2019.09.13
海外での活動

多次元貧困指数(MPI)から見るカンボジア

カンボジア

チョムリアップ・スオ(こんにちは/こんばんは)。
カンボジア事務所の川村です。

突然ですが、貧困とは何でしょうか。
「頭を覆う家もなく、満たされぬ腹を抱え、綴り合せた穴だらけのぼろをまとった」人びとは、まさに貧困の象徴と言えるかもしれません。では、寺院の僧侶や修道院のシスターをはじめとして「清貧」と評されるような生活を送っている人びとは「貧困」なのでしょうか?

貧困をどのように把握すれば良いかという問題については、これまでにも国際社会で様々な議論がなされてきており、代表的なところでは、世界銀行が定めている“一日1.9ドル以下の生活”という基準(絶対的貧困線)が人口に膾炙しています。
一方で、21世紀に入って「人間の安全保障」という考え方が登場したように、各人が自らの潜在能力を自由に発揮することができないような状態もまた貧困である、と考えられています。

カンボジア農村部の小学生たちの下校風景。彼・彼女たちは「貧困」なのでしょうか。

カンボジア農村部の小学生たちの下校風景。彼・彼女たちは「貧困」なのでしょうか。

このように、ひと口に貧困と言ってもその定義や捉え方は多様ですが、いま国際社会で注目を集めている貧困指標の一つに、「多次元貧困指数(Multidimensional Poverty Index: MPI)」があります。これは、国連開発計画(UNDP)が2011年に公表した貧困指標であり、健康、教育、生活水準の3つの要素から派生した10種の貧困指標を合成することで、貧困状態で生きている人々がどのような貧困の形態に直面しているのかを数量的に浮き彫りにし、さまざまな貧困形態の間の関連性を明らかにする取り組みです。

具体的には、以下の表1にある10種類の具体的な貧困指標を合計18点満点となるように配点し、調査対象の世帯からの情報に基づいて、全指標の合計得点(貧窮スコア(c))を求めます。

表1:「多次元貧困指数」の構成

貧困の分類 指標 具体的な指標項目 配点
健康 栄養 栄養不良の大人または子どもがいる。 1/6 (3/18)
乳幼児死亡率 過去5年間のうちに子ども(18歳以下)が亡くなっている。 1/6 (3/18)
教育 就学年数 就学経験年数が6年以上の世帯員(10才以上)がいない。 1/6 (3/18)
子どもの就学 第8学年の年齢までの子どもが学校に通っていない。 1/6 (3/18)
生活水準 調理用燃料 厩肥、木材、木炭または石炭で料理をする。 1/18
衛生 改善された下水設備がない、または改善された下水設備があってもそれを他の世帯と共有している。 1/18
水の確保 安全な飲料水が得られない、またはそれを得るのに徒歩で往復30分以上かかる。 1/18
電力 電気の供給を受けていない。 1/18
住居 住居の屋根、壁、床のうち1ヵ所にでも不適切なところがある。 1/18
資産 ラジオ、テレビ、電話、コンピューター、荷車、自転車、二輪車、冷蔵庫、自動車、トラックのいずれも所有していない。 1/18

貧窮スコア(c)を求めたら、以下の表2にある判定基準に沿って、調査対象の世帯がどの貧困層に分類されるのかを判別します。

表2:「多次元貧困指数」における貧困層の分類とその判定基準

貧困層の分類 判定基準
潜在的多次元貧困層(多次元貧困に陥りやすい人びと) 18点満点で4点以上6点以下(得点率20%~33%)
多次元貧困層 18点満点で6点以上(得点率33.3%以上)
深刻な多次元貧困層 18点満点で9点以上(得点率50%以上)

多次元貧困層と判定された世帯数をもとに多次元貧困者数(q)を求めて、それを人口(n)で割ると、多次元貧困率(H)が算出されます。式にすると以下になります。

【式-1】多次元貧困率(H)=多次元貧困層に属する人びとの数(q)÷人口(n)

また、多次元貧困層全員の貧窮スコアの合計値を、そのあたま数(q)で割ると、多次元貧困深刻度(A)が求められます。式にすると以下になります。

【式-2】多次元貧困深刻度(A)=多次元貧困層全員の貧窮スコアの合計値÷多次元貧困層に属する人びとの数(q)

最終的には、多次元貧困率(H)と多次元貧困深刻度(A)を掛け合わせたものが、その国の多次元貧困指数(MPI)となります。式は以下の通りです。

【式-3】多次元貧困指数(MPI)=多次元貧困率(H)×多次元貧困深刻度(A)

前置きが長くなってしまいましたが、このようにして求められる多次元貧困指数(MPI)は、カンボジアについてどのような結果を示しているか見てみたいと思います。

下の表3は、2019年7月11日に公表されたMultidimensional Poverty Index 2019のデータを基にまとめた、カンボジアのMPIおよび関連指標です。※2017年の人口については、Cambodia Socio-Economic Survey 2017を参照。

表3:カンボジアの多次元貧困指数および関連指標

2010 2014 2017
人口(n) 1,430.8万人 1,526.6万人 1,584.8万人
多次元貧困者数 682.5万人 567.9万人 595.2万人
潜在的多次元貧困率(全人口のうち多次元貧困に陥りやすい人の割合) N/A 21.1% N/A
多次元貧困率(H) 47.7% 37.2% 37.6%
深刻な多次元貧困層の割合 N/A 13.2% N/A
多次元貧困深刻度(A) 47.8% 45.8% N/A
多次元貧困指数(MPI) 0.228 0.170 N/A

データが揃っている2014年について見てみると、カンボジア国民の約5人に2人が多次元貧困下にあることが分かります。また、伝染病の蔓延や自然災害などのリスクが発生した場合には、カンボジア国民の約5人に3人が多次元貧困下にある、という状態に陥る可能性を指摘することができます。

また、多次元貧困者数および多次元貧困率について見てみると、2010年から2014年にかけて多次元貧困者の数および割合は低下しており、カンボジアの貧困状況は明らかに改善していたことが分かります。

ところが、2017年における多次元貧困者数は一転して増加しており、【式-1】に沿って筆者が独自に算出した多次元貧困率も微増しています。2014年から2017年にかけては、好調な経済成長の裏側で、カンボジアの貧困状況はむしろ悪化の方向に向かっていた可能性があります。

経済成長著しいカンボジアの首都プノンペン

経済成長著しいカンボジアの首都プノンペン

以上、駆け足ではありますが、UNDPの多次元貧困指数(MPI)についての紹介と、それが表すカンボジアの貧困状況についてまとめてみました。

2019年度のMPIについて詳細を知りたい方は、こちらのUNDPのWebページ(英語)を覗いてみていただければと思います。

また、日本語での説明については、こちらのUNDP駐日代表事務所のWebページをご参照ください。

いつも弊会のブログを読んでいただき、ありがとうございます。

カンボジア事務所 川村 圭