2021.04.27
読み物

【シャンティ・ヒストリー】仏教ボランティアの先駆者 叡尊

年4回発行しているニュースレター「シャンティ」に寄稿いただいたシャンティと深く関わりのある方からの記事をご紹介します。本記事は、シャンティが発行するニュースレター「シャンティVol.273 (2014年冬号)」に掲載した内容を元に再編集したものです。

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日本では、ボランティアといえる活動を、多くの仏教者が社会の中に入りおこなってきました。その歴史を見るとき、宗教の役割についてあらためて考えさせられます。

僧侶たちが中心になって立ち上げたシャンティは、その後、日本中に大きく広がりました。「施し」ではなく、活動地で住民と向きあう姿勢を一貫して続けています。

私たちは「なにを大切にしているのか」。土台となる価値観を見つめました。

仏教ボランティアの先駆者 叡尊

シャンティ国際ボランティア会専門アドバイザー
曹洞宗総合研究センター講師
大菅俊幸

ボランティアは欧米から伝わったものであり、とくにキリスト者において盛んであると思われがちです。でも、歴史を繙いてみると、いのちがけで弱き立場の人々に寄り添い、行動した多くの仏教者がいるのです。その代表的な一人が鎌倉時代に生きた奈良の僧侶、叡尊(えいそん)です。

『文殊師利般涅槃経(もんじゅしりはつねはんぎょう)』という経典の中にこのように説かれています。

文殊菩薩がこの地上に現れる時は、貧窮孤独の衆生となって現われる。故に、文殊を礼拝せんと欲せば、慈悲心を起こし、貧窮孤独(ひんぐうこどく)の衆生(しゅじょう)を礼拝(らいはい)供養せよ。

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叡尊上人像(西大寺蔵)
叡尊は、この教えにならって奈良の般若野でハンセン病の人々や源平の戦火で生じた流民、そして差別されていた人々に食物を施しました。さらに大釜に湯を沸かし、これらの人々を入浴にいざない、門弟や信者たちにこう言いました。「今、生身の文殊さまが入浴されている。ああ、お前たちは、文殊菩薩の背中の垢を流して差し上げよ」と。当時差別されていた人々をこのように遇することはかなり果敢な行動だったはずです。単なる物資援助を超えて、あらゆる人々の魂の尊厳を守ろうとする並々ならぬ気迫を感じます。

じつは、こうした叡尊に心から私淑していたのが、シャンティの創設者である故有馬実成師でした。

1979年、曹洞宗の調査団の一員としてカンボジア難民キャンプを初めて訪れた時、あまりの惨状に言葉を失い、思い起こされたのがこの叡尊の姿だったと言います。

そして、「難民キャンプであえぐ人々こそ生きた文殊ではないか」、と日本の人々に難民支援を呼びかけたのです。それが一つの発端となってJSRC(曹洞宗東南アジア難民救済会議)が発足しました。

やがてその活動を引き継いでシャンティが誕生しました。それゆえ、叡尊の行動を範としてシャンティが出発した、と言って決して過言ではないのです。

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2021年3月25日に、設立40周年記念対談イベント「コロナ以後の地域社会を考える~宗教とNGOの視点から~」を開催、本寄稿の弊会アドバイザー・大菅氏が登壇いたしました。イベントの様子は、下記リンクからご覧いただけます。どうぞご覧ください。

https://sva.or.jp/wp/?p=40740