2022.10.12
開催報告

【開催報告】9月30日開催「2022年国際識字デーイベント~すべての人に学びの場を」

イベントレポート
国際協力の現場から

9月8日の国際識字デーに合わせて、シャンティ国際ボランティア会は、9月30日(金)に識字の活動に取り組む公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)・日本ユネスコ協会連盟との共催でオンラインイベントを開催いたしました。

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本イベントは、「すべての人に学びの場を」をテーマに、昼間中学校、夜間中学校の教員を経て現在は中・高齢者の学習の場を運営されている黒川優子氏と、シャンティ国際ボランティア会の三宅隆史氏をお招きして、国内、海外の成人識字の課題や取り組み事例についてお話しいただき、どのような状況下でも学ぶ場を絶やさないために何ができるかを考えました。

登壇者

・三宅 隆史(話し手)
シャンティ国際ボランティア会 教育事業アドバイザー
1994 年シャンティに入職、海外事業課長、ミャンマー(ビルマ)難民支援事業事務所、企画調査室長、事務局次長、アフガニスタン事務所長、タイ事務所アドバイザーなどを経て、2017年よりネパール事務所長。教育協力NGO ネットワーク(JNNE)事務局長。教育学博士(上智大学)。2022年3月にネパールから帰国し、4月より現職。

・黒川 優子氏(話し手)
元大阪夜間中学教員・基礎教育保障学会会員
東大阪市の中学校教員として37年勤務。「識字教室」にも関わり、絵本『しきじのみっちゃん』発刊にも携わる。夜間中学校には8年間勤務。多様な年代・民族の人たちと学習する。「国連識字の10年」の延長を訴えた「2012年夜間中学生のユネスコへの代表派遣」にも関わる。
現在、大阪市西成区で中・高齢者の学習の場を運営。映画『こんばんはⅡ』等を通じ、夜間中学の拡充のために活動している。

・大安 喜一氏(ファシリテーター)
公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター 教育協力部長
1992年からユネスコ・バンコク事務所で初等教育・識字教育担当官、2008年からユネスコ・ダッカ事務所で教育担当官、2016年7月より岡山大学グローバル・パートナーズ教授を務め、2018年7月より現職。東京医療保健大学特任教授。博士(人間科学)。

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冒頭、共催3団体よりそれぞれの識字への取り組みについてご報告しました。

 

続いて大安氏より、国際識字デーの始まりや「識字」の定義について説明いただきました。

国際識字デーの始まり

「国際識字デー」とは、1965年にイランで開催された「世界教育相会議(テヘラン会議)」から始まった歴史ある日で、UNESCOでは毎年テーマを設定し、さまざまな視点から識字について議論するキャンペーンを行っています。

識字とは?

大安氏によると、「識字」をどのように捉えるかについてはさまざまな定義があるが、読み・書き・算数(3R:Reading, Writing, Arithmetic)という基礎的な能力から、3Rを日常生活や仕事で使う能力としての識字という見方、そして、読み書き能力や、仕事や日常生活で色々な情報を得たり議論したりすることで自分の立ち位置(抑圧されている等)を理解して自分の尊厳を守るため、というのも識字の大事な点である、ということです。

テーマ➀「海外の識字、国際成人教育会議の報告」三宅隆史

まず初めに、三宅氏より、今年6月にモロッコのマラケシュで開催された第7回国際成人教育会議に出報した時の報告をしていただきました。

世界の識字の現状

世界では未だに7億7000万人以上の成人が識字能力を欠いており、非識字者の5人に3人は女性という現状があります。写真の表は、地域別の識字率を表しており、例えばサブサハラアフリカでは4割の女性は読み書きができない、という厳しい状況があります。

表を見ると、2015年から2020年で識字率は向上していますが、人口が増加しているので、非識字者の絶対数は毎年増えています。国際社会は識字問題について長く取り組んでいるが、今も解決はしていません。解決への取り組みとして、「学校外教育(Non-Formal Education)」が多くの途上国で行われており、学校外教育の盛んなミャンマーやインドネシアでは、NFEの重要性や有効性が指摘されています。

また、識字の問題は先進国でも深刻であり、米国では19%、ドイツでは12%の成人が最も低い識字レベル(読み書きに困難を抱えている)であるとされています。

国際成人教育会議は、UNESCOが12年に一度開いている国際会議で、1949年から開催されています。第7回の今会議では、本会議の前にCSO(市民社会フォーラム)が開かれ、成果文書への働きかけについてや成果文書への提言が取りまとめられました。三宅氏はCSOのメンバーとして今回の会議に参加されました。

会議の報告

3日間の会議の中では、UNESCOが作成した報告書の発表と、主要なテーマとして識字・職業スキル・デジタル環境における成人識字・気候変動についての教育、について話し合いが行われました。

その後、成果文書(マラケシュ行動枠組み)が作成され、満場一致で採択されました。文書は文部科学省のサイトに日本語訳が掲載されています。
https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gnlc/1367840_00001.htm

続いて、マラケシュ行動枠組みに書かれている主な論点の内容と、日本への示唆について、下記の5つの観点で説明がありました。

➀スキルについて:
1.成人教育の主要な学習領域は、識字と基礎スキル・職業スキル・シティズンシップスキルの3つで、重要なものである。
日本への示唆:日本ではシティズンシップ教育はほとんど行われていないので、主流化していくことが必要である。

2.技能再教育と技能向上が必要である。
日本への示唆:この分野は、日本の取り組みは進んでおり、文部科学省が行う成人育成プログラムもある。

3.SDGs達成には、成人に必要なTransversal Skills(横断的スキル)が必要である。
→日本では「ライフスキル教育」が知られている。

➁識字と周辺化された人々について:
未だに7億7000万人が非識字者であることは、問題解決への政治的意思の欠如と、財政的支援の不足が挙げられる。
日本への示唆:日本では70年間識字調査が実施されていなく、調査の実施と、成人識字分野の国際協力の拡充が必要である。

③財政について:
教育予算はGDPの4~6%、公共支出の15~20%を確保、またODAはGNPの0.7%を確保するべきである。
日本への示唆:教育予算や援助額の大幅増額が必要である。(主な現状として、日本の教育予算は4%、公共支出は7.8%である、またODAはGNPの0.31%、教育援助多国間機関への拠出はほぼない。)

④人材について:
成人教育の施策立案・実施に責任を持つ人材確保や財政措置が必要である。また、成人教育指導員への研修や専門性向上、労働条件の改善が必要である。
日本への示唆:社会教育士の認知度や社会的地位の向上が必要である。

⑤デジタル化と情報リテラシーについて:
・デジタル環境への高齢者を含む平等なアクセスの保障と格差の解消が必要である。
・デジタル化が進み便利になる一方で、対面による成人教育は引き続き重要である。
・フェイクニュースを批判的に見る思考や意思決定能力、公の場で議論する能力が必要である。
日本への示唆:社会教育における情報リテラシーの推進が必要である。

マラケシュ行動枠組みのまとめとして、下記6つの点が挙げられます。
1.識字、職業、シティズンシップスキルの3層が大切である。
2.シティズンシップ・スキルはSDGsの全17の目標を達成するための鍵である。
3.学びの機会を奪われてきた周辺化された人々の識字やセカンドチャンスプログラムの拡充が必要である
4.成人教育の予算や人員の拡充、成人教育指導者の専門や待遇の改善が必要である。
5.デジタル・インクルージョンと情報リテラシーの推進が必要である。
6.ライフスキルを含むシティズンシップ教育の推進が必要である。

テーマ②「夜間中学校・識字教室の経験から」黒川優子氏

続いて黒川氏より、日本の識字課題についてお話いただきました。

夜間中学とは

夜間中学は、戦後の混乱の中で、貧困や差別などで学校に行くことができない子どもたちへの教育保障として始まりました。さまざまな理由で学校に来られない子どもたちにも学びを場を作ってあげたい、と考えた先生たちが、彼らを集めて授業を行ったのが夜間中学の始まりでした。最も数が多かった1955年には、全国で89校・5208人が学んでいたという記録が残っています。現在(2021年9月調べ)は1603人の生徒が夜間中学で学んでいます。

黒川氏は、「夜間中学校は、教員からの”やってあげよう”という恩恵ではなく、本来、憲法に明記された権利であることとして強調しておきたい」と話されていました。

現在は生徒層や国籍等も変わってきており、子どもだけでなく学齢期を超えた大人(在日朝鮮人、障害のある方、不登校経験者や労働や結婚のために日本に来られた外国人など)も学んでいます。

夜間中学の現況

「識字問題」や「夜間中学」に対し、国や自治体は最初消極的でした。2010年当時、黒川氏が日本の識字率について文部科学省に問い合わせたところ、「非識字人口を調査した数字はないがきわめて低いものではないか」というだけの回答でした。黒川氏にとってこのことは、実際に子どもの時に学べなかった人たちと日々接している者として、現状が全く理解されていないと感じた出来事でした。

現在は方向転換がされてきており、夜間中学の新設が相次いでいます。理由としては、関係者の粘り強い運動の成果、不登校から引きこもり状態になる人が増加し政府としても看過できない状況になっている、外国人労働者の増加、などの要因があげられます。

また、さまざまな運動の成果として、2016年に「教育機会確保法」が成立され、年齢や国籍などに関わりなくすべての人に教育を受ける機会を確保することが国や自治体の責務である、ということが明記されました。

2022年9月現在、15都道府県に40校の公立夜間中学校が設置されています。

未就学者の実態

2020年に国税調査で未就学者の実態把握がされ、未就学者(小学校を卒業していない又は小学校を退学した)と最終学歴が小学校の方が90万人いることが分かりました、(黒川氏によると、実態はもっと多いそうです。)特に、義務教育が中学校までである30代~60代の人たちにも未就学者が多くいることが数字で表されました。

その中で、黒川氏が夜間中学校で出会った生徒のエピソードをお話いただきました。

大阪市西成区で出会った90歳の方は、10歳から奉公に出たため小学校も満足にいけず、仕事を転々として生きてきたといいます。老人ホームに入居されており、当初は簡単な漢字などを勉強していましたが、同居者に「なにをやっているの?」と聞かれると、ノートを隠して勉強されていたそうです。読み書きを学習する中で「勉強できなかったのは自分のせいじゃない」というのを強く自覚するようになり、「なぜいまさら、その歳で勉強しているの?」という問いにも、今からでも字を覚えて損はないだろうと話されたといい、「じゃあそれを文字にしてみましょうか」と黒川氏が提案し、写真の文章であるまさらとおもうけど字おぼえてそんはない』という作文を書かれました。

夜間中学には若年層の未就学者も多く、「学習することで、白黒だった過去が、カラーになった」と作文を書かれた方もいました。

黒川氏は、日本にもたくさんの非識字者がたくさんいることを、活動を通して日々実感していると言います。国の推進があっても、行政からの支援は不十分で、全国の夜間中学校の数はまだまだ足りないと話します。また、これから数を増やそうという動きの中で、複数校配置している大阪市では統廃合を進める動きもみられ、今後の「夜間中学」をめぐる動きにぜひ注目してほしい、と話していました。

トークセッション

トークセッションでは、登壇者のお2人が互いの講演への感想や質問をしていただきました。

黒川氏から三宅氏へ

黒川氏:海外の識字問題も、自分がやってきたことや今取り組んでいることと関わりはあると感じました。国際成人教育会議に文部科学省から数名参加されたとのことですが、義務教育に関わる担当者も参加してほしいし、必要であると思いました。また、成果文書への示唆について、どこまで文部科学省の政策に繋がるのか疑問に思いました。会議で提示されたことを日本政府がしっかり取り組んでくれればもっと良いものになると感じました。

三宅氏:最初は文部科学省のリカレント教育推進担当のみが参加予定でしたが、社会学習を担当するところも関わってほしいとお願いし参加に繋がりました。今回、義務教育の担当者の参加への働きかけは不十分でした。示唆については、成果文書の中から、日本に対して投げかけられていることをお伝えしたものです。成果文書には法的拘束力はないですが、今後も市民社会としてSDGsを推進する団体が政府へ働き掛けていくことが必要であると思います。

三宅氏から黒川氏へ

三宅氏:公立夜間中学の設置ではなく社会教育で予算をかけずにやっていくという動きは、教育の質や教員の待遇などの観点から重要だと思いました。しかし、社会教育の推進も大切ですが、まずは学校教育の中で公立夜間を位置づけることが必要だと感じました。学習者には外国人も多くいるとのことで、黒川さんが印象に残っている方を教えていただけますか。

黒川氏:夜間中学の8割が外国人や外国にルーツを持つ方です。印象に残っている方としては、私が初めて働いた夜間中学校に在日朝鮮人がいました。ある日、台風で悪天候にも関わらず、高齢の在日朝鮮人が学ぶクラスではほとんどの生徒が来ていました。天候が更に悪化し途中で帰宅して頂いたのですが、その様子を見て、ここまでして学びたいのだ、という思いをすごく感じ、彼らは学びは生きていく上で必ず必要なこととして、ここにきているのだと強く実感しました。

質疑応答

Q:識字教育のテキストはどのようなものを使っていますか?識字教室と学校教育の両方を経験されて、どんな違いはありますか?講師の育成についても教えてください。

A:黒川さん:生徒が何を必要としているか、に寄り添うことが必要なので、昼間の学校のように”この教科書を使う”というものはなく、学びが豊かになる教材や資料などを考えて提供しています。大阪の日本語識字連絡会ではさまざまなテキストを共通教材として、学習者のニーズに合わせて授業の参考に使ったりもしています。講師の育成については課題が多く、予算ももっと使ってほしいと思います。

違いについては、「識字」は、字を覚えるだけでなく抑圧からの解放や自己の尊厳といった点も識字の目的であり、学校教育と似た部分はあると思います。中心となって進める人によって違いはさまざま違いはありますが、学習者と学習している内容については重なる部分があります。

Q:シャンティで海外での仕事をされていますが、文字を持たない文化の人たちへの学びについて教えてください。また、ミャンマーなど紛争地での教育や学びについても教えていただきたいです。

A:三宅さん:タイ国境のミャンマー(ビルマ)難民キャンプで仕事をしていた時、ミャンマーから逃れてきたカレンという先住民族がおり、彼らはもともと文字を持たない文化の方々で、ビルマ語を使ってカレンの言葉を学習していました。そこで、先住民族の知恵やボキャブラリーの多さに驚きました。例えば、日本語の”竹”は、カレン語では30の言い方があり、種類や高さによって違うなど、生態系に対する語彙の豊富さに驚きました。彼らはビルマ語も学びつつ、ミャンマーに帰った時に必要なカレンの言葉も学習しています。その意味で、日本に来る外国人も母語と日本語を両方学んでいるという点で、似ていると思いました。「文字がない」というところが大きなチャレンジだと思います。

紛争下での教育について、難民への支援では衣・食・住や医療が優先され、教育は要らないのではないかと考える人もいます。シャンティは難民キャンプで図書館支援を続けており、紛争で親やきょうだいを失くしたりしてトラウマを抱えた子どもも来ます。辛い思いを抱える中で図書館に来て本を読んでいる時は気持ちが晴れるといい、傷は癒えないが、学んでいる時や楽しんでいる時は、少なくとも辛いことを忘れられる、そういう効果が教育にはあると思います。アフガニスタンでは、難民への食料配布を実施しました。配布後、受益者に「今後どんな支援が必要か」と聞いたところ、親たちは「食料はとても有難いが、本当は子どもを学校に行かせたい」と話していました。その時に教育支援は紛争下においても求められていると感じました。

参加者へのメッセージ

「私たち一人一人にできることは」という質問に登壇者それぞれからお答えいただきました。

黒川氏:日本の中でも基礎的な学習ができない方がたくさんいるということを頭に入れながら、社会を見てほしいと思います。国内、海外での識字の動きを、興味を持ってみていただけたらと思います。

三宅氏:子どもの支援に取り組む団体は多いが、大人の学習支援に対しての理解や関心はまだまだ低いのが現状です。日本や海外に限らず、学習者の”学習する気持ち”の強さや、”学習することによって世界が広がる”といった声があり、そこへのご理解・ご支援をいただければ幸いです。

最後に、大安氏よりイベント全体の感想をいただきました。

大安氏:不登校、未就学の問題は、昔は個人の責任という捉え方がされていたと思います。今後は日本でも海外でも社会の課題として取り組んでいくことが必要であり、それは行政だけではできず、市民社会から働きかけていくことが必要であるとも思います。また、日本人が全員教育を受けられたらそれでいいのではなく、世界的な課題として考えないといけません。学習者や生活のニーズに寄り添いながら、地元の知恵や言語を活用して学びの環境を整えていくことが大事だと思いました。

※イベントの様子は、シャンティのYouTubeチャンネルにて一般公開されておりますので、どうぞご覧ください。

広報・リレーションズ課 佐々木