【開催報告】ミャンマー事務所10周年イベント『学びを届けるための挑戦~NGOの苦悩と模索の10年~』
シャンティがミャンマーで教育文化支援活動を開始して、10年が経過しました。未だ混乱の中にいるミャンマーにおけるこれまでの活動を見つめるイベントが開催されました。前半では、教育専門家にミャンマーにおける教育カリキュラムの変化をお話しいただきました。後半では、10年間の活動を振り返りシャンティの支援が目指したことや課題をお伝えしました。
「ミャンマーの教育の変化とカリキュラム」
登壇者:宮原 光氏 (株式会社パデコ 教育開発部 シニアコンサルタント)
「シャンティのあゆみ、今後への希望」
登壇者:トータ (シャンティ ミャンマー事務所カウンターパート渉外担当)
登壇者:テッ・テッ・ハニー (シャンティ ミャンマー事務所 シニアコーディネーター)
聞き手:山本 英里(事務局長)
司会:高橋 彩氏(フリーアナウンサー)
「ミャンマーの教育の変化とカリキュラム」
※下記宮原氏の説明は、宮原氏自身の経験や理解に基づくものです。活動内容、写真や映像は案件実施当時のもので、当時の記録としてご理解いただけますと幸いです。
ミャンマーにおけるカリキュラム改訂の技術協力プロジェクトに携わり、プロジェクトの完了後も遠隔で教材開発を実施されていた宮原氏にお話を伺いました。
ミャンマーでは、約半世紀続いた軍政下で実質的な教育改革が行われず、学習指導要領にあたるカリキュラムの理念や枠組みのないまま旧来の教科書の微修正を改訂と呼んでいました。
旧来の授業では先生が黒板に教科書を書き写し、読み上げ、子どもたちが続いて大声で叫ぶ、ということがひたすら繰り返されていました。子どもの主体的な学びを促す授業を行うのは、難しかったそうです。
新しいカリキュラムの枠組みが、プロジェクトを開始する前に考案されました。カリキュラムはミャンマーで昔から大切にされてきた知的、身体的、道徳的、社会的、経済的の5つの力と、新しい時代を生きるためのスキルを身につけることを目指して作られました。また教科構成が変わり、ミャンマー語、英語、算数、理科、社会科、ライフスキル、道徳公民、体育、音楽、図工の独立した10科目になり、それまではほとんど授業が行われていなかった科目も教えることになりました。
このような教育改革を実現するべく実施されたのが、「初等教育カリキュラム改訂プロジェクト(CREATEプロジェクト)」です。具体的には、下記のような協力を行っていました。
1. 新しい教科書の作成
2. 新しい教師用指導書の作成
3. 新しい学習評価方法の提案
4. 新しい小学校教員養成カリキュラムの提案
5. 新カリキュラム導入研修の実施支援
例えば新しい教科書作りでは、それまでの教科書の問題点を解決するだけでなく、子どもたちが主体的に楽しく学ぶことができるように、また身体的、社会的にあらゆる背景を持つ子どもも勉強できるように工夫しました。
またこのカリキュラム改訂では、教える側にも非常に大きな変化が求められます。毎年約25万人の先生方や教員養成校の学生、行政官の方々に、新カリキュラムを紹介する研修を行いました。
このような新しいカリキュラムで学んだ子どもたちの変化を毎年調べたところ、算数テストの平均点がどの学年でも高くなっていました。また子どもたちの授業への取り組み態度や教師の評価技術など、授業の質も改善されたという結果が得られました。現場からも、ポジティブな声が上がっています。
コロナがやっと落ち着き、開発した教材を使った自宅学習を推進しながら学校再開の準備を進める方針で教育省や学校が動き出していた矢先、クーデターが起きました。プロジェクトは完了し、新学年は開始されましたが、多くの子どもが学校に行けなくなってしまいました。どうにかして学びの継続を支援できないかと、コロナ禍で自宅学習教材を作った経験を生かして、自宅で使える教材を開発しました。
ミャンマーの教育はここ10年で大きな変化を遂げており、子どもたちに寄り添い続ける現地の方々と、そのためのリソースを提供する方々の支えがなければ、ひとつの世代が失われてしまうような危機的な状況にあります。どのような立場にあっても、未来を生きる子どもたちのためにできることを模索するしかないと思います。
●質疑応答
Q.教科書や教材開発の果たす役割の大きさを感じたエピソードはありますか?
A.宮原氏:新しい教科書が導入されるたびに毎年新学年の初日に近所の学校に行き、子どもが新しい教科書を受け取る様子を見ていました。その時に子どもが教科書を開いて、その中身を見ながらこれからどんなことを勉強するのかわくわくしている姿を見て、子どもたちが日々暮らしている世界から新しい世界に入る入口を与えられることの意義を感じました。また図工など、昔は教員が教え方を知らなかった教科についても学習のプロセスが書いてある教科書があることによって、教師が教えることも子どもが学ぶこともできるということの意味の大きさを感じました。
「シャンティのあゆみ、今後への希望」
続いてミャンマー事務所のトータ職員とハニー職員から、事務所立ち上げ時からどのように事業を拡大したのか、そして現在の状況やこれからの展望について話を聞きました。
山本:シャンティは2014年3月末に、ミャンマーで教育課題の改善を目指してヤンゴンとピーに事務所を開設しました。事業としては教育改善、児童図書出版、公共図書館改善の3つを開始しましたが、進展は厳しく、試行錯誤の日々を送っていました。信頼関係の構築が重要視される中で、シャンティの活動を理解してもらうのに時間がかかりましたが、少しずつ良好な関係が築かれていきました。シャンティが活動を開始した頃のミャンマーは、どのような様子でしたか。
トータ職員:シャンティがミャンマーで活動を始めた頃、まだインターネットや携帯電話は普及していませんでした。また教育の状況は、試験を中心とした教育で、暗記をするような学びが多かったです。学校に通えない子どもたちのための特別な場所も少なく、貧しい子どもたちは寺子屋のような場所に頼っていました。
●学校建設について
山本:長年にわたり、子どもたちの学びを支えていたのが僧院学校でした。ミャンマー事務所では、初期から僧院学校の校舎建設を行ってきました。僧院学校のことを教えてください。
トータ職員:シャンティが僧院学校の建設を始めた頃、学校の建物はとてもひどい状態でした。建設支援をした学校の生徒から「以前は柱と屋根だけの教室で授業を受けていましたが、雨漏りや蚊に刺されて大変でした。新校舎のおかげでその心配がなくなり、集中して授業を受けることができます」と、メッセージをもらったことがありました。
山本:シャンティは僧院学校を含め、これまでに30校の学校校舎を建設してきました。本日、シャンティが過去に建設を行った僧院学校の校長先生から日本のみなさんへのメッセージを送っていただきました。
僧院学校 先生: 2016年に、シャンティを通して日本の方から新しい校舎を寄贈いただきました。この学校を卒業した子どもたちが、先生として学校に戻ってきてもいます。卒業生たちと校舎のおかげで、今でも学校を開き続けることができています。私は生徒たちが教養を持った良い市民になってほしいといつも思っています。
●出版事業について
山本:シャンティは、2014年の事業開始初年度から児童図書出版事業を開始しました。シャンティが出版事業を開始する前のミャンマーでの絵本出版は、どのような状況だったのでしょうか。
トータ職員:シャンティが絵本を出版する前、ミャンマーには絵本がほとんどありませんでした。出版社は、子ども向けの本はあまり売れず利益が少ないため、出版していなかったのです。
山本:シャンティの出版活動の特徴として、出版研修会の開催があります。英語ではワークショップと呼んでいます。ミャンマー以外の国でも、日本の専門家から、紙芝居や絵本の作成を指導いただく研修会を複数開催してきました。ミャンマーで最初に研修会を開催した時の参加者の様子を聞かせてください。
トータ職員:最初、参加者たちは「本を作ることはお金を稼ぐため」と思っていました。また、「ワークショップ」という言葉も当時の参加者にはなじみがなく、車を直す修理工場のことだと思っていた人もいました。出版のトレーニングという言葉は、参加者にとって少し不思議な感じだったのです。
山本:この10年で、シャンティは26タイトル15万冊以上の絵本、7タイトル1,000部以上の紙芝居を出版しました。また、5タイトル4万2,000冊の教育図書も出版しました。出版活動をともに歩んできた児童出版委員会の方から本日のイベントのために、ビデオメッセージを準備いただきました。
出版委員会委員:ミャンマーの教育発展のために日本からの支援事業があると知ったとき、ある思いが浮かびました。ミャンマーの発展のためにと国外の方々が力を尽くしてくださっていますが、「私たち自身がさらに力を注ぐべきだ」と感じたのです。私たちが絵本を出版した当初は、伝統的な方法で進めていました。シャンティの研修を受けてからは、より良い本を作るための新しい視点やアイディアが次々と浮かぶようになりました。これからも絵本の出版を続けたいと思っています。子どもたちは国の大切な宝物です。私はそんな子どもたちの知性や道徳心が育つよう、支えていきたいと思うのです。
●図書館事業について
山本:シャンティがミャンマーで図書館活動を開始したのが、2014年でした。ミャンマーには当時55,755館の図書館があったと思いますが、90%は村やコミュニティによって運営されている図書館で、公共図書館は6,000館でした。国際図書館連盟によると、6,000館の公共図書館のうち、実際に情報省の管轄で運営されていたのは440館ほどだったとのことです。また、学校図書館は全土の学校の半数にしかありませんでした。あったとしても、古い本棚がひとつあるような状況だったと聞いています。図書館活動立ち上げの頃の様子を教えてください。
ハニー職員:当時、子ども向けのサービスについてはほとんど知られていませんでした。図書館と言えば、「本を借りられる場所」というイメージだけでした。公共図書館の中の「子どものための場所」は、大人用の読書室の隅に小さな机と椅子が一つ置かれ、その上に数冊の漫画やコミック本があるだけのスペースでした。
ハニー職員:私たちは公共図書館のスタッフに向けたワークショップを行い、家具と絵本をそろえて子どもたちのスペースを完成させました。しかしスタッフたちは、ワークショップを受けても子ども向けのサービスの大切さを理解できず、読み聞かせにもあまり興味を示しませんでした。これが私たちの課題でした。それでも私は彼らの反応に気を落とさず、根気強く進めていきました。その結果、少しずつ子どもたちが図書館に来るようになったのです。
山本:その後、図書館活動は対象地域が広がり、公共図書館に加え学校図書館でも活動を開始し、より一層認知されるようになりました。2016年頃から図書館活動がより広がりましたね。当時の様子を聞かせてください。
ハニー職員:活動を一緒に行うカウンターパートに移動図書館の活動を理解してもらうのは、非常に困難でした。公共図書館のスタッフは、これまで図書館の外で子ども向けのサービスを提供した経験がなかったため、学校における子ども向け活動の進め方が分からなかったのです。そのため、活動初期にはシャンティの職員が同行し、読み聞かせの実演を通じて理解を深めてもらいました。さらに、学校図書室の先生たちもその役割を本を貸し出す場所としか認識していなかったため、訪問時に「子どもたちが自由に本を読める環境を整えることが重要」と伝え、図書館のルールや本を大切にする心を子どもたちと共に学ぶようにお願いしました。
●2021年の政変後の現在の状況
山本:2021年の政変では、職員の命が脅かされる現状に、何をすべきか難しい決断を迫られました。ミャンマーでの事業継続は難しいのではないかという不安が頭をよぎりました。しかし、所長をはじめ、現地職員の「教育支援を止めてはだめだ」という強い思いを受け、事務局長として活動の継続を決断しました。今も難しさに直面しながらも、職員は事業を実施しています。現在の現地や事業の様子を教えてください。
ハニー職員:商店やレストランなどは通常営業を行い、人々や車も行きかっています。しかし、街中や活動地に移動する途中には検問のためのチェックポイントがあちらこちらに置かれ、軍や警察による監視が続いています。私も含め職員が出張する前に、は事業地の安全情報を確認し、場合によっては出張計画を変更するなど安全を優先しています。また、事業を行う上で欠かせない省庁や関係機関との合意手続きですが、新しい職員が多く、これまでシャンティが行ってきた活動を理解してもらうまでに時間がかかっています。子どもたちにとってなぜ大切か、根気強く伝えています。ミャンマー事務所では、来年も学校図書館活動を実施します。また、図書館を含む学校建設を2校、絵本と紙芝居を2タイトル出版する予定です。
-
-
- ●将来への希望
-
山本:日々様々な難しさに直面しながらも、子どもたちの学びの場を途絶えさせてはいけないという強い意志で活動していることが伝わってきました。最後に、トータ職員、ハニー職員に将来への希望を聞きたいと思います。
ハニー職員:どんな状況に直面しても、私たちがその状況を変える意志を持つこと、少しずつでも前進していく限り、困難は必ず乗り越えられると心から信じています。これからもミャンマー事務所は、ミャンマーの子どもたちのために、そしてミャンマーが直面する緊急事態に対して活動を続けていきます。みなさまの変わらぬご支援とご協力をお願い申し上げます。
トータ職員:図書館活動は、ミャンマーの大地に根付いています。これは、私たちが植えた苗なのです。新しい土地に苗を植えるというのは、根を張るまでがとても難しいのです。しかし一度根を張れば、苗は自然に育っていくでしょう。私たちは根を張った苗がますます成長するように、大切に手入れをしていかなければいけません。私たち全員がこの10年間、困難を乗り越えてきたことを心に留めて、子どもたちのために、そして同時に地球のために、教育分野としての図書館活動という植物を育てていくことに心を注いでいきましょう。これが私の未来へのメッセージです。
-
-
-
- ●ミャンマー事務所長中原からのメッセージ
-
-
山本:10年前の事務所立ち上げ以降、中原所長は今もミャンマーで職員と共に事業を牽引しています。本日は、中原所長から皆さまへメッセージを預かっています。
中原所長からのメッセージ:
2014年にミャンマーに事務所を開設して教育文化支援事業を開始し、今年10年を迎えました。これまでご支援をいただきました皆さまに、心より感謝申し上げます。
そしてこの10年間、シャンティと共に活動を作り上げてくださったミャンマーの関係者の方々にも、心より感謝を申し上げたいと思います。タイ・ミャンマー国境の難民キャンプにて教育・文化支援活動を開始した時、将来の帰還を見据え、ミャンマー国内での活動を視野に入れていたことを覚えています。
そして2011年の民政移管により、そのことが実現へと動き出しました。しかし、国内に135にも及ぶ民族が存在するミャンマー。様々に異なる歴史や文化の中でNGOが活動を行っていくことは容易ではないだろうと、ミャンマーという国や人々について学びながら、この国の平和構築に少しでも力になれるように歩んでいくことが重要だとスタートしたことを思い出します。
「次の会議があるため、活動報告は10分で良いです。」図書館事業の四半期報告を行うため、ヤンゴンから車で片道約5時間かかるネピドーに出張した際、当時の所轄省庁の担当職員に言われた一言です。その後も、忙しいとの理由から形だけの面会で終わることが続きました。しかし、公共図書館における児童サービス支援、小学校への移動図書館活動に取り組んだ3年以降、学校図書館へと活動は広がり、6年が経過した2019年、公共・学校図書館それぞれの所管省庁との協働による「おはなし大会」が開催されました。
参加した図書館職員、小学校教員による「読み聞かせ」に見入る子どもたち、真剣に得点をつける審査員として参加してもらった情報省、教育省の職員の方々が子どもたちを前におはなしが持つ力を体感している姿を見て、ようやくこの日がやって来たと感慨深かったです。こうした変化は、現地職員をはじめ、これまで関わってくださった全ての関係者がミャンマーでの図書館活動の発展に尽力してくださった結果です。
ミャンマーは今厳しい状況下にあり、これからの5年、10年は今まで以上に困難が待ち受けていると思います。しかし、この10年間で撒いた種が消えてしまうことはありません。
教育文化支援を絶対に止めないという現地職員、シャンティの活動に共感し手を取り合ってくださるミャンマー関係者の方と力を合わせて、これまでに開いたたくさんの花をもっと咲かせたいと願います。
子どもたちにとって学びは生きる力になり、そして生きる力が未来を築くと信じています。子どもたちの未来のために、そしてその未来がミャンマーに平和をもたらすことを心から願い、教育支援活動を継続できるよう、これからもお力添えをいただければ幸いです。どうぞ宜しくお願いいたします。
会場は聖心女子大学グローバル共生研究所様にご協力をいただき、聖心女子大学4号館のブリット記念ホールをお借りしました。活動理念にご賛同いただき、お礼申し上げます。
- イベントの様子は下記からご覧いただけます