松岡享子さん追悼メッセージ
児童文学者で東京子ども図書館を創設し、国内外の図書館活動に尽力された松岡享子さんが、2022年1月25日、86歳でご逝去されました。
シャンティはこれまでに「絵本を届ける運動」を通じて、松岡享子さんの訳書である『しろいうさぎとくろいうさぎ』(福音館書店)や『くまのコールテンくん』(偕成社)、『まんげつのよるまでまちなさい』(ペンギン社)など、それぞれ5言語に翻訳した絵本4,396冊をアジアの子どもたちに届けてきました。
『まんげつのよるまでまちなさい』(ペンギン社)が大好きな難民キャンプの男の子
松岡さんは日本のみならず世界中の子どもたちに向けて本の普及に長年取り組まれ、シャンティの「絵本を届ける運動」や、アフガニスタンでの図書館事業にご協力いただいたほか、アフガニスタン人職員を東京子ども図書館に受け入れていただいたこともありました。
現地の状況を丁寧に聞いてくださり、今の子どもたちにとって本や図書館がどのような意味を持つのか、一緒に考え、日ごろから助言をいただいていました。東京子ども図書館にお伺いするといつも、こういった本はどうかしら、と1冊取り出して本の意味を説明してくださる松岡さんの姿勢から、子どもたちに本がどう寄り添えるのかを考えることを教わりました。
「本は子どもに必要な魂の栄養」であると信じ、「図書館は文化の伝承と創造の場」とおっしゃっていた松岡さんの想いを引き継ぎ、これからも本が子どもたちにもたらす力を届け続けたいと思います。シャンティ一同、心からご冥福をお祈りいたします。
アフガニスタン人職員と松岡さん
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国際協力として子どもたちに本を届けることに対して、松岡さんは生前ご自身の経験をもとにシャンティにコメントを寄せてくださいました。
“私が最初に児童図書館員になったアメリカのボルチモアで、ベルさんというアフロ・アメリカンの女性の図書館員が話してくれたことが今も忘れられません。彼女はスラムで図書館員をしていて、そこにはよその家のガレージの隅で寝起きをして、あちこちの残飯をもらって生活をしているような女の子がいたそうなのですが、彼女は“おはなし”を聞きに来ては「ミセス・ベル、私は大きくなったらプリンセスになるの」と言ったというのです。
その子が信じられるものを与えることができたのが“おはなし”だったということなのでしょう。体に栄養が必要なように、魂にも栄養がいるのです。たとえば、難民キャンプの閉塞感から子どもたちが脱するためには、一人ひとりが心のなかから自由になることが必要なのだと思いますね。”
“言葉というものが生きていく上でどういうものであるかとか、物語というものが、その人の生活をいかに支えたり変えたりしていくか、ということをまざまざと見せてくれる場所にシャンティの皆さんはいらっしゃる。
絵本の読み聞かせをする時、アジアの子どもたちがあんなに大勢集まって来て、あんなに一生懸命聞いて、あんなに一生懸命喜んでいる――。
物語には本来そういう潜在力があるということですよね。あまりにも当たり前になっていると、私たちが享受しているものをちっともありがたく思えなくなってしまいます。そういう当たり前になっている私たちを振り返るチャンスになるので、海外で仕事をしておられる方々は、どうかそういう体験を持ち帰って伝えていただきたいと思います。”
【松岡享子さんプロフィール】
1935年、兵庫県生まれ。慶應義塾大学図書館学科を卒業後、渡米。ウェスタンミシガン大学大学院で児童図書館学を学んだ後、ボルチモア市立公共図書館で児童図書館員として働きはじめました。帰国後、大阪市立図書館をへて、自宅で家庭文庫をひらき、児童文学の研究、翻訳、創作に従事。1974年に財団法人東京子ども図書館を設立し、子どもの本の普及活動に尽力しました。
著書に『おふろだいすき』(福音館書店)、訳書に『しろいうさぎとくろいうさぎ』(福音館書店)『くまのコールテンくん』(偕成社)など多数。2021年に文化功労者を受賞。