【対談:第六回】30年の経験を生かしミャンマーで図書館事業を開始
話し手 / 八木沢克昌・ 中原亜紀 × 司会 / 三宅隆史
2014年2月28日 シャンティ東京事務所
30年前のカンボジア難民キャンプでの活動以来、ずっとインドシナ情勢を見つめてきた八木沢アジア地域ディレクター。調査と事業立案に携わった三宅と、赴任直前の中原所長が、八木沢とミャンマー情勢について語りあいました。
話し手 / 八木沢克昌・ 中原亜紀
- 八木沢 克昌 アジア地域ディレクター(タイ駐在)
中原 亜紀 ミャンマー事務所長
司会 / 三宅 隆史
- アフガニスタン事務所長
そもそもミャンマーを支援しようと思ったのは・・・
八木沢: 1980年代にミャンマーで大量の難民が国境地域に生まれ、1990年代初頭、すでにシャンティは難民たちの食糧支援に関わっています。貧困や人権侵害、国内は極めて悲惨な状況にあるということはずっと認識していたので、2000年に難民キャンプの事業を始めた当初から、「次はミャンマー本国だろう」という思いを持っていました。インドシナ半島周辺でもっとも問題が深刻な国なのですから。そして、仏教国でもあり、「アジア子ども文化祭」(国や民族を越えて、伝統文化を維持・継承していくことを目的にシャンティが開催したイベント)を通して、教育省と4回接触を持ったことがあるという要因が重なっていたからです。
三宅: 2007年にカレン州で図書館支援の可能性調査をしたとき、当時の情報省情報広報局長はシャンティの受け入れに積極的だったのです。しかし、当時の政情では、軍事政府にとっては反政府勢力であるカレン人難民を支援している団体が本国で活動するなどありえないことでした。そのときのご縁がいま芽吹き始めていると感じています。当時の情報文化局長が現在は情報省副大臣になられているのですから。
八木沢: 1982年から毎年のように訪問し、タイで知る国内避難民の状況と300万人といわれる出稼ぎ労働者の問題を見ていて、本国が変わらないとどちらも解決しないと思っていました。サイクロン・ナルギス災害救援の際には、シャンティの役員であるという理由でビザがおりなかったので、現在の民主化の動きは、大統領と体制が替わるとこんなにも変わるのかと、感慨深い思いです。
三宅: カンボジアからアフガニスタンまで、今までの事業は和平交渉ができて難民が自主帰還をし、それを国際社会が支援をする段階で始めています。しかし、ミャンマーはこれから自主帰還が始まるところであり、まだ和平合意がなされていません。ここで始める点が今までと違いますね。この件に関して、難民キャンプ事業事務所で約6年間所長を務めた中原さんからどうぞ。
中原: 難民キャンプでは少数民族支援を行っていましたが、ミャンマーでの支援開始当初からその支援に入ってしまうのは、政治的な動きと見られるかもしれず、慎重になります。まずは本国中央から支援を始め、実績を作っていくことが、今後の難民帰還を想定するとよいのではないかと考えます。和平合意が進んでいく中で、バランス感覚を大事にしていく必要があるかと思います。
八木沢: 国内政治はセンシティブな問題なので、バランスを取りながら、慎重に現場の経験と情報に基づいた発信をしていくべきですね。
ミャンマーでの事業はどう考えて決めたのでしょう
より厳しい環境におかれた子どもたちの教育支援として、寺院小学校の校舎建設と教員研修を行います
三宅: 寺院の中にある民営の小学校なので、政府からの財政支援は一切ありません。コミュニティや篤志家からの寺院への寄付で成り立っていますが、状況は良くないですね。寺院学校は無償のため、貧困の子どもたちでも教育を受けられる点が重要なのですが。
八木沢: 18世紀には日本の寺子屋にあたる寺院学校がおかれ、教育を担い、コミュニティセンターの役割も果たしていました。都市と地方の格差はミャンマーでも大きく、地方では建物はボロボロ、教員の質も良くなく、本当に劣悪な環境。ここで、シャンティの果たすべき役割は大きいです。
中原: 昨年の調査でお会いした僧侶・尼僧の方々は教育熱心で、寺院を中心として地域の教育環境の改善を果たそうとしているのを強く感じました。その思いを支援していければと思います。
働く子どもが通う、夜間小学校の支援も行うそうですね
八木沢: 貧困のため昼間は働いている子どもが、夜に一生懸命勉強しているんです。その姿勢に感銘を受けました。マララ・ユスフザイさん(教育の必要性を訴え、イスラム過激派に銃撃されたパキスタンの少女)の「1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます」という言葉を、目の当たりにする思いがしました。
三宅: 学校に行けなかった10から14歳の児童が2年間で終了するように作られたカリキュラムで、良くできています。教員が地元の住民であり、児童が親しみを持ち、信頼しているのも良い点です。環境を整備すれば、働く子どもの学びはもっと進むと期待できるので、夜間小学校の支援を決めました。
ミャンマー人は読書意欲が高いと聞きましたが
八木沢: 寺院学校での教育の普及、識字率の高さ、中世からの優れたビルマ文学の伝統があるので、農村の市場でも古本を売っているくらい、ミャンマー人の読書意欲は高く、ポテンシャルが高いといえます。アウンサンスーチーさんも移動図書館に関心を持っているほど、本が好きな国民性なんですよ。これからが楽しみです。
その国民の要望に応える形ですね。図書館の現状はどうでしょうか
中原: 私も道路に椅子を出して読書している人の多さに驚きました。他の国ではあまり観られない光景ですね。最低限の基盤が整っているだけですが、公共図書館が存在します。ただ、児童サービスがほとんど行われていないので、図書館員育成は重要な取り組みですね。図書館に配布する絵本を使ってたくさんの読み聞かせが行われるよう、理論と実践を積んでいってもらいたいです。読み聞かせを普及させてきた他国のノウハウを活用できると思います。文化的・地域的な背景を理解する現地職員がカギを握っていますね。
三宅: 今後、憲法や法律などを7少数民族言語で訳して出版し、図書館に備えたいという意向が政府にはあります。民主化を進めていく上で、民族言語で伝えることが大切という認識に変化しています。
八木沢: 最近のタイでは絵本と若者向けの出版が飛躍的に伸びています。周辺国の得意分野を各事務所で補完しあっていけば良いですね。
ミャンマーの児童図書の出版状況は?
中原: 情報省出版公社によると、2011年に発行された書籍は8000タイトル以上ありますが、子ども向けの本はわずか82タイトルほどと、質も量もまだまだという現状です。ミャンマー作家協会と協力し、児童図書作家やイラストレータの育成と合わせ、児童図書改善に向けて活動していきます。絵本コンテストを行い、優秀作を出版する計画です。
この事業には、日本からの専門家による研修、また他事務所のこれまでの経験を投入していけると思います。
三宅: 出版した絵本は情報広報局を通じて、県市村落の図書館へ配布します。絵本は出版公社が印刷することになっており、自立発展性も見込めるところも良い点です。
3月からの赴任にあたって
八木沢: 赴任する人にとって、環境は厳しいところです。停電が日常茶飯事であり渋滞もひどく、家賃の高騰が進んでいます。気候・文化・電気事情も含めて、他国とはかなり事情が異なります。
三宅: 昨年、事業形成のための調査に同行された秦理事は「昔のバンコクもこんな状態だった」と懐かしんでおられ、古いアジアの雰囲気が残っている国だといえます。中原さんがいままで重ねてきた、難民キャンプでの事業運営・イギリスへの留学・東京事務所での海外事業課長経験のすべてが活かせるフィールドになりますね。
中原: 難民キャンプではカレン族を中心とし、彼らの文化や考え方、価値観に理解を深めてきたつもりですが、ミャンマーの方との事業は初めてなので、正直、わからないことが多いです。これから難民の帰還が本格化していく中で、まずはシャンティとして、活動実績を作り、関係省庁とのより良い関係を作っていくことを念頭において、しっかり事業を行っていく決意です。
三宅: 情報省副大臣が、「シャンティに期待しているのは、アジア的な価値に基づいた支援、他国での図書館活動の経験の共有だ」と言っておられましたね。
中原: シャンティの各国事務所と連携をし、図書館活動の経験が豊富な、それぞれの国の現地採用のスタッフから、知識や経験をぜひ共有してもらいたいと考えてます。スタッフのモチベーションを上げることにもつながり、海外事務所に良い影響を与えられるでしょう。
八木沢: 長年のシャンティの実績に加えて、欧米ではなくて同じアジアの団体であること。そして仏教精神の背景や哲学があることが評価されています。シャンティは図書館に特化していたのもよかったです。
中原: ミャンマーでも、地方の子どもがおかれている教育環境は本当に厳しいので、日本の皆さまのご支援をお願いします。ぜひ一度ミャンマーへいらして、現状をご覧いただけたらと願います。
本を開くことは、未来を拓くこと。
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