ウクライナ避難民の15歳の少女が書いた物語
こんにちは。
事業サポート課の菊池です。
2022年はウクライナ、アフガニスタン、ミャンマーも含めて、人道危機に立ち向かった1年でしたが、今年も継続して、危機下の人々に寄り添い、命と生活を守っていけるように、活動を続けていきます。
私たちは、各国の活動地で、多くの人々の声を聞いてきました。
昨年、ウクライナ危機の後、ポーランド・モルドバに初動調査で入った時に、ウクライナから避難してきた15歳の少女に出会いました。
当時、彼女は2カ月前に家族と共にウクライナを離れ、隣国の学校に編入して学びを継続していましたが、新しい環境にはなかなか馴染めなかったそうです。そうした時に、自分で物語を書いて、抑えきれない気持ちを発散してきたそうで、彼女が書いた物語を紹介してもらいました。
後日、私の書いた物語を好きになってくれて嬉しい。この物語を共有してほしい、と連絡がありましたので、日本語訳をして、このブログで紹介します。
この物語はフィクションですが、ウクライナから避難した15歳の少女の葛藤する胸の内が見えるようでした。
ウクライナからの避難民が描いた絵
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『時計の囁き』
時計の音がした。皆が寝静まる夜、静かな時計だけの音。目を閉じておくことができない。1時間、1分、いや1秒ごとに誰かの人生が奪われているのだから。
寝ている親戚を跨ぎ、つま先立ちでキッチンに向かう。
夢かな、と思った。
実際に直面した時の恐怖は説明のしようがない。
戦争のニュースを読む時もそう、見るのとは違う。
時計が、再び時を刻み始めた。まるで数時間の間、何の音にも気付かなかったように。
月明かりに照らされているキッチンにたどり着いた。そこには何かのシルエットが。
やんちゃな妹だと分かり、「アイリス?」と聞いてみる。彼女は静かに頷いた。彼女の小さな手が水差しを取る。ゆっくり、ゆっくりと、水が注がれる。そして、両手でグラスを持ち、音を立てて飲んだ。普通と違い、がつがつした感じで。まるで、金髪三つ編みの8歳の少女が、酔っ払ったかのような勢いで。そうすれば、体にいくらかの余分な水を蓄えておけるから。
彼女はグラスをテーブルに置き、パンがある戸棚に手を伸ばした。戸棚にはテーブルの上に乗らないと届かない。水の入ったグラスのことをすっかり忘れていたようだ。水が床にこぼれ、私はグラスが壊れる寸前に、どうにか彼女を掴んだ。
「どうして寝てないの?」私は静かな声で怒った。彼女は子猫のようになった。怖がって、静かになった子猫。
「こんなことしたくないの」アイリスはじっとしていられなかった。彼女はパンを取り、椅子に座った。
「どうして?」私は恐る恐る尋ねた。
彼女は目を閉じた。正直を言うと、私も同じだったけれど、彼女にとってはもっと大事だと分かっている。自分自身についても心配だった。ベッドに横になった時、祖父母のいびきを聞いて、寝ている間に死んだわけではないと分かり、安堵でため息をついたこともある。
「メーリーと私は午前3時前に寝ることはないわ」
彼女の友達のことだった。アイリスが楽観的でいてくれるのは、私にとって救いだった。彼女は戦争が何かを知らない。私も知らないけれど、悲観的なムードが漂うのは嫌だった。
<私たちはこの戦争には若すぎるのか?>そう考えながら、憂鬱に頭を下げた。彼女は深呼吸し、そしてため息をついた。今度は優しく言うことにした。「ねえ、寝ないといけないよ。象を数えてみたら?」
「そんなことするほど、小さくないわ」
「今、エネルギーを蓄えておかないと」
「分かったわ」そう静かに言うと、彼女はどこかに消えて行った。
「目が覚めてくれればいいのに」
チク、タク、チク、タク。
私も水を飲んだ。乾きを満たすように。1杯、2杯、3杯。目を閉じて開けた時、全てがいつもと違っていた。緑のタイルのいつものキッチン、テーブルの上にはパン屑が落ちていて、一杯の水がある。
「いつ終わるの?」
ニュースではいつも武力による勝利を伝えていた。みんなパニックになることはないと言うけれど、どうやって?
母は、じっとしていただけと言いながら、実際は朝から恐怖ですくんでいた。祖母は私たちよりももっと時間がかかる。
昨日、私たちは静かに座っていた。そして今朝の5時、大きな爆発で家族みんなが飛び起きた。希望のなさと恐怖を感じながら。
アイリスが3歳の頃、私に「ハンナ、恐怖って何?」と聞いたことがある。
私は笑って答えた。
「3びきのネズミを覚えている?」
「ああ、大声を出して枕を投げた、あれ?」
「そうそう。あなたの目の色が変わって、私の心臓は止まったわ。」
「あれば本当の恐怖?」
「そう」私は陽気に言った。
今、笑いたくなんかない。まだ、多分ずっと。個人的には、もう笑顔なんて忘れた。両親の目の中の恐怖も感じた。祖父母が、ベッドに座りながら、(爆発で)前後に揺れるのを見た。
動員令が出た。手が震え始めた。父はこうなることを知っていたようだ。私たちの祖国を守る時が来た。
彼は朝には準備ができたていた。外はまだ暗く、そして静かだった。「さよなら」を言う静かな時間だけは、かろうじて私たちに与えられた。
時々、父の最後の言葉は何だろう、と思ったことがある。彼は何を言うかな?と。父から怒られたことはない。自慢の父だった。
眠そうな母が起きてきて、アイリスは激しく泣き出した。
祖父母は立ち尽くしていた。
「できるだけ長くこの日を生きたいわ」祖母の髪は、起きたばかり、とかしてなくてくしゃくしゃだった。祖父はできるだけの誠意を込めて「息子よ、今、お前は最高だ」と言った。
母は、抱きしめていた軍服を渡した。
私は全てを見ていた。父は私のおでこにキスし、優しく「ごめんな」と言った。
「何がごめんなの?」その時、私はよく理解していなかった。
「こんな状況の中にいないといけないからだよ。」
私は後を向いた。祖母がハンカチで涙を拭い、祖父は父と握手を交わした。
父は私たちに向かって「みんな、勇気を持て。ウクライナは国旗だけではなく、半島、ガマズミ(植物)、草原、湿地帯に覆われている。ウクライナはみんな自身とも言える。みんなの笑顔がお母さんをハッピーにする。何かあったら、お母さんが何でも聞くから。何も怖がらないで。みんなは愛国の心を持っている。真実のウクライナの愛国者だ。だから、それを証明しなさい。この大変な時に、勇気を見せなさい。」そして、父は必要なものを持った。
ドアが閉まった。
「ドアがまた開きますように。」
「お母さん、お父さんはいつ戻ってくるの?」アイリスが聞いた。
「分からないよ、おチビさん、分からない。」母はアイリスをだき、静かに泣いた。
チク、タク、チク、タク。
サイレンが聞こえた。スーツケースは準備できている。でも、何処にも行く所がない。シェルターの場所は、住所なんてなくても分かる。私は友達に1時間ごとにメッセージを送る。最近、その言葉の意味が変わった。みんなが「どう?」と聞くと、それは「愛している」の意味。「おやすみ」は「今日は平和に静かに眠れますように」の意味。
私は勇気があると思っていた。でも、どうして胃が痛いんだろう? まるで全ての感情が戦っているかのように。息することさえしんどい時があった。本を手に取って、まだ本棚に戻してみたり。「どうやって目を覚ます?」と考え始めると、冒険の本が読めなくなった。
そして、私は再び目を覚まし、透明な青い空を見た。太陽は輝き、友達は生きていて近所にいた。母は私の好物のパンケーキを焼いていて、その匂いが私をベッドから起こしてくれる。間違っても母が「みんなでシェルターに行くわよ」と言う声ではない。泣かないように努めた。不機嫌になる。涙が落ちる。私は涙を拭き、そして何も言えなくなった。
「誰も市民に触れてはいけない」それが約束だった。それが今は何? この言葉が、家に爆弾を落とさないということにならない。普通の家。近所の人をお互いによく知っていて、毎日挨拶をしているような関係の。クリスマスとなるとどの家も飾られて、近所同で行き来してお祝いの挨拶をするような。
隠れる時間もなかった。
チク、タク、チク、タク。
愛した全てのもの。知っている全てのもの。全てが使者によって破壊された。
数週間前、私は自分の人生を愛していた。もちろん、時々は退屈だったけれど。でも、今、80時間の試験と沢山の小テストを毎日やっても良い もし、この現状を見なくて良いのであれば。
悪夢を見た。戦争だった。ウクライナの都市や美しい先住民を黒い病気が奪っていく、激しい戦争。
しかし、今、私は幽霊だった。透明で、見えない魂。体は家に残り、魂が彷徨い、自分の国で何が起こっているのかを見届ける。
多くの国々からウクライナに来た多くの人々。イタリア、チェコ、ポーランド、イギリス、フランス。みんながウクライナを助けたいという、誰もが無関心ではいられなかった。
人々は愛する人を亡くし、地下鉄で寝泊まりしている。
全ては繰り返す。私たちは歴史から、過去から学んだ。しかし、全てはまた繰り返される。まるで時間のループに閉じ込められたように。何かが少し違って、終わるのかもしれない。でも、銃の音がまた聞こえた。
私たちの国は、長い間、使者の支配下にあった。私たちは迫害され、自国の言葉さえ話すことが許されなかった。それでも、じっとしている訳にはいかない。この位置から下がることはない。たった1つの署名が多くの人々の命を奪い、もっと多くの人々の人生を変えたけれど。後には下がらない。
『祖国のために! それがスローガンだ』
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事業サポート課 菊池