私が外国ルーツの人々の支援に携わる理由
この度、地球市民事業課で国内の外国ルーツの子ども支援担当になりました加藤由里子と申します。
現在シャンティでは、NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワークと協働で、東京都豊島区の外国ルーツの子どもたちを中心に、オンライン居場所の活動を実施しています。
詳しくはこちらをご覧ください(https://sva-old.skr.jp/wp/?news=39977)。
私のブログではシャンティでこの事業を立ち上げ現在に至るまでの経緯をシリーズ化して書いていきたいと思います。
今回はその中で、外国ルーツの人々への支援に関わるようになったきっかけについて書きたいと思います。
私は高校卒業まで、中小企業の多い工場地帯に住んでいました。その地域では中国やフィリピン、ブラジル、インドネシアなど大勢の外国人が働いているのを目にしました。また、今はありませんが、当時インドシナ難民の定住促進センターがあり、ボートピープルとして命からがら日本に逃げてきたインドシナ難民の人々が買い物などをして生活している姿をよく見かけました。道を歩いていると外国人労働者の人に道を聞かれ、仲良くなったイスラム教徒のお家に招かれ、イスラム教徒の生活を垣間見たりしました。
当時高校生だった私は、こういった人々はなぜ日本に来たのか、彼らの国々の現地の状況はどうなっているのだろうと疑問をもち、外国語大学でスペイン語と中南米の歴史文化を学ぶコースに進み、アジアや中南米諸国を周り、現地の人々の生活の様子を見て歩きました。フィリピンでは、夜中に公園で寝ている子どもたちを目にして、それまで日本でそのような子どもたちを見たことがなかった私はショックを受けました。また、クリスマス時期に訪れたメキシコでは、大通りに家族ごとずらりと並んだ物乞いの姿にこの国の将来はどうなるのだろうと大きな不安を感じたことを覚えています。こういった子どもたちの親は、自分たちの地域に良い働き口がなく、低賃金労働で働かざるを得ず、日本に働き口を求めて来ていることを知りました。
そして、大学卒業後、何とか外国人労働者の助けになりたいと思い、外国人労働者問題に取り組んでいる団体主催の講演会を頻繁に聞きに行くようになりました。そのような中で、自分も在日外国人の支援に具体的に携わりたいと思うようになり、在日外国人の生活相談をしている団体に「ここで働かせてください」と頼み、スペイン語の生活相談支援員として働くようになりました。次回に続く…
地球市民事業課 加藤