2026.04.28
シャンティな人たち

海外現場の最前線から、組織を支える管理業務へ。現地を信じ、自走を促すしなやかな橋渡し役として_玉利 清隆

キャリア
スタッフインタビュー
スタッフの声

大学卒業後、民間企業での勤務を経て国際協力の世界へ飛び込んだ玉利清隆。青年海外協力隊、国連、JICA、そしてNGOと、アジア・アフリカ・中東の多種多様な現場を渡り歩いてきました。2014年にシャンティへ入職し、2018年からは約4年間、ラオス事務所長としてルアンパバーンに駐在。
東京事務所における管理業務を経て、現在は事務局次長を務めながら、ラオス事務所のマネジメントも兼務しています。数々の現場を経験した玉利が辿り着いた考えとは。

シャンティ国際ボランティア会
事務局次長
玉利 清隆(たまり きよたか)

バックパッカーから国際協力の世界へ

学生時代、バックパッカーとして世界各地を巡っていた玉利は、当時の日本と途上国の経済的なギャップや貧困を肌で感じ、「将来は途上国支援に関わる仕事がしたい」と志すようになります。大学卒業後、一度は民間企業に就職したものの、30歳を前に退職。イギリスへ留学し、開発学の修士号を取得しました。

その後、1999年に青年海外協力隊に応募。しかし、玉利が当初希望していたのは意外な場所でした。

玉利「実は第一希望はスペイン語圏のグアテマラだったんです。中南米の文化や言語に興味があって…。結果的に赴任先はカンボジアでしたが、当時はまだ治安が安定していない地域も多く、隊員の派遣先も制限されているような時代でした」

希望とは異なる地で観光省に配属された玉利でしたが、配属先での活動内容が何も決められていなかったため、自分に何ができるかを考えることからの手探りのスタートでした。

玉利「そこでお金をかけなくてもできる自分の知識を伝える事から始めようと、省内で講義開講の根回しをしたり、自分で資料を切り貼りして教材をつくったり。NGOのプロジェクトのように予算や期間の制約を受けなかったので、相手にやる気があれば納得いくまで活動を続けられました。この時、あまり積極的に仕事をしない途上国行政内において、一部の同僚と試行錯誤した経験があったからこそ、その後厳しい現場に行っても工夫しながら前に進めていくことを学んでいったと思います」


(青年海外協力隊としてカンボジアへ。講座終了後の1コマ)

緊急救援の現場で培った援助協調/調整の役割

カンボジアでの任期終盤に起きたアメリカ同時多発テロをきっかけに、玉利は「より困難な状況にある人々を支えたい」と緊急救援への関心を強め、NGOの職員としてアフガニスタンやスリランカの紛争・災害支援の現場へ赴くことに。

玉利:「アフガニスタンでは、治安の関係で事務所から一歩も出られないような時期もありました。でも、私にとっては治安の懸念よりも現場に行けないフラストレーションの方が大きかった。厳しい環境だからこそ、地域住民のために異なるステークホルダーの間に入って物事を前に進めていくことに、大きなやりがいを感じました。

その後はJICAの契約職員として、独立直前の南スーダンの事務所に赴任し、長年の紛争で荒廃した社会を再建するためのさまざまな事業に携わりました。紛争前にも近代的な社会があった地域ではないので、まさに「ゼロからイチを作る」ような感覚でした。

玉利:「南スーダンでは、企画調査員という立場上、関連省庁との合意文書の取り付け、同分野で活動する他ドナーとの調整、専門家が実施する事業の管理等、活動の現場からは一歩引いた業務でした。また、まだ大使館すらない状態でしたので、本来は外交官が出席する政府のハイレベル会合に参加する機会も多く、良い経験になりました。この間の主な役割は、政府や国連、他団体、専門家といった方との調整役でした」

他ドナーや分野の専門家と現地の間に立ち、日本の考えを現地に即した形に落とし込んでいく。そのコーディネーション業務の重要性を玉利は再認識し、経験を積んでいく事になります。


(南スーダンにて。学校のトイレ完成式)

シャンティ入職。そして「運営現地化」への挑戦

2014年、縁があってシャンティに入職。カンボジア事務所長を経て、2018年にはラオス事務所長としてルアンパバーンに赴任しました。ラオスでは、シャンティが長年取り組んできた「運営現地化」をさらに推し進めます。

玉利:「ラオスでは、自身の代で日本人所長の配置をやめることを念頭に、現地のスタッフが実質的な代表を務める体制を整えることに努めました。現地職員と接する際、最も意識しているのは自分の考えを伝えすぎないことです。相手の考えを尊重しつつ、複数の選択肢を提示して『あなたならどう思う?』と問いかける。彼らが当事者意識を持って動き、成長する姿を見ることがうれしかったです。」

一方で、すべてを現地に任せきりにするのではなく、日本人であるからこそ果たせる役割についても、玉利は冷静に見極めていました。

玉利:「現地の職員では行政職員に対して進言しにくい場面でも、あえて外部の人間である私が声を届けることで、物事がスムーズに運ぶこともあります。日本人所長がいなくても回る体制をつくりつつ、要所では彼らの盾となり、判断を下して責任を取る。それが現地化における私の役割だと考えていました」


(ラオス事務所にて現地職員と)

管理部門という新しいステージ。経験を次世代へつなぐ

2022年8月に帰国し、東京事務所で経理を担当しました。現場の第一線で活躍してきた玉利にとって、デスクワーク中心の管理部門への配属は、当初は意外なものだったといいます。しかし、実際に業務が始まると、そこには現場経験があるからこそ見える景色がありました。

玉利:「やってみると、数か国での管理業務経験がいかされました。経理業務も単に数字を管理するだけでなく、海外事務所からの問い合わせに対し、現地の事情や苦労を汲み取った上で、制度と照らし合わせて助言ができる。現場を知っているからこそできるサポートがあると実感しています」

国際協力を取り巻く状況は、以前より厳しくなっているかもしれない――。玉利はそう感じつつも、シャンティが持つ「潜在的な力」と「ユニークな立ち位置」に可能性を感じています。

玉利:「シャンティは、組織の将来を見据えて新しいことに挑戦できる力を持っていると思います。日本で生まれたNGOという立ち位置や、長年続けている図書館事業の知見をいかし、他団体と協力しながら活動をさらに広げていきたい。これからも現場をよく知る職員として現地の活動を支え続け、次世代に経験を伝えていきたいです」


(カンボジア事務所で子どもたちと)<撮影:川畑嘉文>

プロフィール 玉利清隆(たまり きよたか)

事務局次長

【経歴】

1990年代:民間企業(旅行会社・航空会社)にて勤務
1999年12月~2001年12月:青年海外協力隊としてカンボジアに赴任(職種:観光業)
2002年~2008年:国際協力NGOにて勤務。アフガニスタン(国連への出向を含む)やスリランカ、イラン、パキスタン等にて、緊急救援・復興支援及び各事務所の運営に従事。
2008年~2011年:JICA企画調査員(平和構築)として南スーダンに駐在。
2012年~2013年:JICA専門家(エコツーリズム・業務調整)としてベトナムに駐在。
2014年3月:シャンティ入職。カンボジア事務所長としてプノンペンに駐在
2018年5月~2022年8月:ラオス事務所長としてルアンパバーンに駐在。
2022年9月:東京事務所勤務開始 管理部 経理課課長代行。
2023年4月~2026年3月:運営推進シニアマネージャー兼経理課課長。
2025年6月~:ラオス事務所長代行兼務。
2026年4月から現職

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企画・編集:広報・リレーションズ課 鈴木晶子
インタビュー・執筆:高橋明日香
インタビュー実施:2025年