シャンティブログ

  1. ホーム
  2. シャンティブログ
  3. 困難の中にいる人々と共に

困難の中にいる人々と共に

2016.4.30   寄付募集中

こんにちは。支援者リレーションズディレクターの神崎です。

35年前、タイにあったカオイダン難民キャンプ。

カンボジアの国で生きていくことに絶望し、国を捨ててタイに逃げなくてはいかなかった人々、しかしタイ政府は不法入国者としてしか認めてもらえず、彼らを定住させる意思もない状況でした。

先進諸国へ定住を希望しても、若くて働くことができ、健康であるなど余程条件に合った人以外は可能性が少ない状態でした。

まさに、出口のないトンネルの中を歩いている感じでした。

`81. サケオ・キャンプ023

 

難民キャンプの住居は竹とヤシの葉で作られた粗末なもので、雨風を防ぐものだけでした。8畳間ぐらいの広さの部屋に家族が4人、多いところは8人が暮らしていました。大人たちは男性も女性もサローンを頭から巻いたり、腰に巻いたりしていました。シャツを着ていたとしても、ずいぶん汚れてボロボロになっていました。

 

1人あたりの米の配給量は、1日わずかミルクカップ1杯。それだけではもちろん十分とはいえませんが、人々はそのわずかの食料を大切そうにお寺に持ち寄って供養をしている姿が印象的でした。

 

キャンプの中は一見平和そうに見えましたが、その陰には、夜な夜なやって来る強盗団の恐怖がありました。

 

クメール人兵士の武装強盗団がキャンプに侵入し、家に押し入っては脅迫して金品を巻き上げ、何もないと分かると暴力をふるう。また事件を知って駆け付けたタイ側の兵士との間で銃撃戦になり、巻き添えを食らって死亡する難民がいたことも記録に残っています。

難民たちは再発を恐れ、夜になると病院、国連事務所などに身を寄せたといいます。

80年キャンプの子どもたち

子どもも大人も沢山集まってきます

 

自分の国を持たない難民にとっては、自らのアイデンティティを保持するのも難しいことです。カンボジア人としてのアイデンティティを、文化や言語に求めるしかないと思うのです。ですから、キャンプ内では人形劇や図書館が唯一の楽しみ、それらが開催されると、子どもも大人も間を輝かせながら集まってきました。

 

~平和への遠い道のり~

難民キャンプから首都プノンペンでは徐々に避難民が入ってきていました。難民と同じく厳しい生活状況におかれ、破壊された国の再建に苦闘するカンボジアがありました。貧富の差が広がり始め、地方で食べられなくなった人が出稼ぎ乞食として市内に入ってくる状態でした。内戦は国内経済を圧迫して物価は1年で2、3倍にも上がり困難な状態でした。

カンボジア国内1990年7月13日~8月12日 スカライホテル屋上より 屋上生活者004

プノンペン市内で、屋上に生活する人々

 

自立への援助には2つあると思います。

 

1つは難民キャンプを出て行くこと、そして自分の足で大地を踏みしめて歩いていけるようにすること。そしてその時が一刻も早く来るように支援することです。そのためには、教育と職業訓練が必要になります。

もう1つは、難民キャンプを出て行った人がそこで生活出来るよう支援し、見守っていくことです。

 

私たちは、彼ら自身の本来もっている能力によってしか自立するのは難しいと考えています。

 

私たちは「触媒」でありたいと思っています。

 

触媒は科学反応において、自ら変化しませんが、物質を活性化させて、科学反応の速度を速める役割をします。しかし、触媒の存在がないと科学反応が生じません。

 

時間はかかっても、人々と一緒に必要なものを創り出していきたいと思います。

 

インターネットを通じて寄附を集めています。

6月30日(木)までに目標金額の350万円が達成できれば、支援が開始できるというものです。

「まだ本を知らないアジアの子どもたちへ10万冊の絵本を届けたい!」

http://readyfor.jp/projects/35_bookproject

まだ半分の寄附しか集まっていません。みなさんのご協力をお願いします。

_MG_7850

©Yoshifumi Kawabata

  • 絵本を届ける運動
  • アジアの図書館サポーター
  • 本の力を、生きる力に。