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現地より緊急レポート~アフガニスタン③~

2021.7.10   アフガニスタン東京事務所より

サラーム!(こんにちは!)

 

今回は、ザヒッド君の声グルノザさんの声に引き続き、聞き取り調査を行った際の受益者である、シャキルラさんの声を紹介します。

また、全体の詳しい事業内容については、こちらのページでもご確認いただけます。

 

シャキルラさんの声

聞き取り調査チームは、シャキルラさんに話を聞かせてもらうよう、家を訪れました。

かシャキルラさんと、子どもたち。

 

「私の名前はシャキルラで、父の名前はアフメッドでした。

私が小さい頃は、よく父と丘や山に登って木の実を取ったり、木を伐採したりし、市場で売ることで毎日の食費を稼いでいました。

私たちの訪れていた山には反政府軍が配置されていました。ですので、私たちが山に出入りする時、軍は食べ物や、時にはお金を持ってくるよう要求してきました。毎日がその場しのぎだった私たちは、山に行かない訳にもいかず、彼らの要求されるままに応じることしかできませんでした。当然貯金もできない日が続く中、ある日、最悪な日が訪れました。」

え

現在、シャキルラさんが住む家。質素な暮らしぶりが外からも分かります。

 

「私が父についていかなかった日、遺体が家に運ばれ、泣き叫ぶ声も聞こえてきたのです。それは、私の父親の変わり果てた姿でした。どうして、食べ物やお金を渡すなど、彼らの要求に答え続けてきた私の父親が惨殺されなければならなかったのでしょうか。」

 

その後、話によると、シャキルラさん達は経済的な安定と将来の希望を求めて村から逃れ、ナンガハール州のサマルヘルという地域に住み始めました。そして、ある日、ちょっとした仕事の賃金を受け取るためにジャララバードに向かい、カブール銀行の前で立っていたちょうどその時に、事件があったそうです。

 

「数百人もの市民が犠牲となった、あの銀行前の大爆発をアフガン人の皆さんなら覚えているでしょう。命を落とした他の方同様に私も被害を受けてしまいました。」

お

シャキルラさんは両脚を失ったのです。

シャキルラさんのお母さんが”あなたは家にいて子どもたちを見てくれたら良いわ。私が山から木を伐採し、野菜を育てて皆の生活を守るわ”と、家族でシャキルラさんのかつての故郷・クナール州に帰ることを決心しました。その後、母はかつて惨殺された父がそうしていたように、山で気を伐採し、食べ物を採っての生活が始まりました。弟が交通事故に遭い、大けがを負った時にはわずかな土地や家を売ってなんとか治療費を工面せざるを得なかったと語りました。

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逞しい、シャキルラさんのお母さん、シャキルラさんの妹と息子たち

 

「その後、交通事故の怪我から回復した弟が、彼の子どもたちを残して家を出てしまったことをきっかけに、家計の状況は更に苦しくなりました。朝から夕方まで携帯電話のプリペイドカードを売り、だいたい稼ぎは1日150アフガニ(約200円)ほどです。それより少ない日も、どうにかそれでやっていくしか選択肢がありませんでした。これまで、どの団体も私たちを助けてはくれませんでした。ですから、シャンティの調査員が特に大変な暮らしをしている家から話を聞きたい、と私たちを元を訪ねてきてくれたことは、とても幸運なことだと思いました。それから、食べ物の援助を受けられると聞いた時には、まったく信じられませんでした。こんな貧しい私たちのために、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。」

 

シャキルラさんは、こうも言っていました。政府やNGO団体が持続的な金銭サポートや食料提供を行うことで、子どもたちを学校に通わせることもできる、と。

 

アフガニスタンでは、新型コロナウイルスの感染拡大に加え、米軍撤退による治安が悪化しています。自爆攻撃や爆弾による民間人による死者数も出るなど、より一層混迷した状態が続いています。感染のリスクや様々な危険が伴う現在も、現場のスタッフはシャキルラさんのように脆弱な状況に置かれている人々や子どものために、民間の団体としてできることに精一杯取り組んでいます。

緊急救援支援事業へのご協力のお願い

山口恵里佳

  • 絵本を届ける運動
  • アジアの図書館サポーター
  • 本の力を、生きる力に。