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何があっても止められない シャンティ教育支援活動 ミャンマーから

2021.3.2   ミャンマー

ミャンマー事務所の市川です。昨年4月に新型コロナウイルス感染拡大による緊急帰国から11カ月が経過しました。今も、日本の自宅で在宅勤務しながら、ミャンマー事務所のスタッフとオンラインで業務を続けています。

 

3月2日はミャンマーの農民の日だけども・・・

今日、3月2日は農民の日です。ミャンマーでは、国民の約7割が農業に従事しているので、農業がミャンマーに貢献していることを記念して祝うと聞けば、なるほどと思いました。実は最初は1月1日にこの農民の日が制定されました。しかし、1965年に3月2日に変更したとも言われています。1962年3月2日は、ネ・ウィンが軍事クーデターを決行した日でもあり、彼の政権時代にこの日に変更したとも言われています。この日が、ミャンマーでの半世紀以上わたって続く、軍事政権または独自の社会主義の始まりの日だったと考えると、何とも言えない気分となります。

 

突然のクーデター

皆さまもご存じの通り、2月1日早朝、ミャンマー国軍によるクーデターが発生。国軍が国会議員・与党幹部を拘束し、非常事態宣言を発令しました。当日は、通信手段が遮断され、銀行が閉鎖し、軍の車両が街を走るなど緊張した1日でした。このクーデターから1か月が経ちましたが、市民の不服従運動(CDM)は全国に広がりました。軍と市民の間の緊迫した状況は悪化の一途をたどり、3月1日には、軍が抗議をする市民に発砲し、18人の死者、多数のけが人がでています。予断を許さない状況が続いています。

インターネットが遮断された週末。市民による大規模な抗議行動。(2月6日ヤンゴンにて)

 

「身体は寝ても、心が寝れない」

昨年から続く新型コロナウイルス感染拡大により、ミャンマー事務所は在宅勤務と事務所出勤を併用していました。やっと感染者も減少し5カ月ぶりに全スタッフが出勤する日に、この軍事クーデターが起きたのです。

クーデターが起きた日、遠方からバイクで通勤してきたスタッフは「途中で、軍のチェックポイントがあったけど、問題なく通過しました」と話していました。しかし、町は平穏でも急変の可能性もあるため、急遽スタッフには在宅勤務継続を伝え、それ以降は毎日管理職とオンラインで対応を検討しています。

毎日の何気ない会話の中で「明日がどうなるかわからないと思うと、毎晩、身体は寝ていても、心が寝ていない」と、ポロっと言葉が出て、それにうなずく他のスタッフ。想像以上に、精神的な不安や疲れが蓄積しています。

 

 止められない活動、子どもたちのためにも

シャンティに入職して30年あまりが経ちました。1992年、タイの軍事クーデター「五月事件」、1997年にはカンボジアでの二大政党による軍部衝突、私が駐在したアフガニスタンではテロ事件は日常茶飯事。NGOの活動地は、政治や安全の不安定さと向き合うことは宿命でもあります。新型コロナウイルスの影響で、昨年6月の新学期以来、子どもたちは一度も登校していません。新型コロナウイルスが収まりつつある中、シャンティとしては教育文化支援活動を止めることはできません。

一日も早く学校が再開し、子どもたちが安心して過ごせるよう活動を続けたいと思います。

子どもたちの笑顔のためにも教育支援活動を止められない(ピー郡孤児院にて)

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